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第73話 〚距離を詰める勇気〛(海翔視点)
夜の部屋は、
エアコンの音だけが静かに響いていた。
ベッドに仰向けになって、
橘海翔は天井を見つめる。
――澪。
名前を思い浮かべるだけで、
胸の奥が、少し熱くなる。
(……好きだな)
それはもう、
考えるまでもない。
でも。
(いつ、言う)
それだけが、決まらなかった。
スマホを手に取ると、
澪とのトーク画面が開く。
今日の会話。
短い言葉。
でも、全部大事。
(今、言ったらどうなる)
想像する。
驚いた顔。
困った顔。
それとも、少し照れた笑顔。
(……怖いな)
断られるのが、じゃない。
澪を、
困らせるかもしれないことが。
(澪は、ゆっくりな人だ)
無理に踏み込んだら、
その静かな世界を壊してしまいそうで。
海翔は、
布団に顔を埋めた。
(俺、こんなに慎重だったっけ)
前なら、
勢いで言っていた。
でも今は違う。
(大事なんだ)
――澪が。
夏の海。
並んで歩いた帰り道。
電話越しの声。
全部、思い出す。
(あの時間を、失いたくない)
スマホが、震えた。
澪から。
『英語、少し進んだ』
思わず、笑ってしまう。
『すごい』
『無理しすぎるなよ』
『うん』
その一文字が、
やけに可愛く見える。
(……やっぱり)
告白は、
「言いたくなったから」じゃ駄目だ。
(澪が、ちゃんと受け止められる時)
その時に、
真正面から。
海翔は、
スマホを胸に置いた。
(夏休み、まだある)
一緒に過ごす時間も、
少しずつ距離が縮まる瞬間も。
(その中で)
(“今だ”って思える時に)
告白する。
逃げない。
でも、急がない。
それが、
今の自分にできる、最大の勇気。
窓の外で、
蝉が鳴いている。
(……夏は、長い)
そう思ったら、
少しだけ、心が軽くなった。
橘海翔は、
静かに目を閉じる。
その胸に、
はっきりとした想いを抱いたまま。
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