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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
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麻耶は今日こそ話をすると決めていた。
ぼんやりとテレビを見て、ソファにうずくまった。
深夜1時をすぎて、ようやく芳也が帰宅し、麻耶はゆっくりと芳也を見据えるとはっきりと声を出した。
「芳也さん、おかえりなさい。ちょっといいですか?」
「ああ」
諦めたような表情にも見える芳也は、ジャケットを脱いでネクタイを緩めながら麻耶を見ることはなかった。
「なんで避けるんですか?ずるいですよ。私があんな風にせまったから?」
麻耶は、平静を装って芳也を見据えた。
特に何も言わない芳也に、麻耶は自分から先に終わらせるように言葉を掛けた。
「こないだの事は事故だと思って忘れて下さい。本当にすみませんでした。だから今まで通りに……。私も子供じゃないので大丈夫です。そういう気分の時もあるじゃないですか。ね?」
あくまで冷静に、ずっと昨日ベッドの中で朝まで考えた台詞を言った。
(なんとか普通に言えたかな……)
「……無理だ」
「え?」
芳也の言葉に、麻耶は動きを止めた。
胸がギュッと締め付けられて、目頭が熱くなる。
(泣くな……このままでも一緒にいたい……泣いたらダメ……)
「いいじゃないですか?私は家政婦頑張りますよ?なぜダメなんですか?」
麻耶は努めて明るく芳也に言葉を掛けた。
芳也から向けられた冷たい表情に麻耶は息を飲んだ。
「お前……俺の事好きだろ?」
「は……?」
急に真っすぐ見つめられたと思ったら、いきなりの質問に麻耶は頭が真っ白になった。
「お前、好きでもない男と寝るような女なの?」
急に突きつけられた言葉に麻耶は言葉が見つからなかった。
「それは……」
好きという事を認める訳には行かず、麻耶は言葉を濁した。
「俺の事好きな女とは、もう一緒にいられない」
その言葉に、麻耶の瞳から涙が零れ落ちた。
「なんで?なんで好きな事すらダメなんですか?そんなに私が迷惑だったんですか?」
「俺は誰も愛さない」
(誰も愛さない。誰の物にもならない。そんな事は解ってる)
立ち上がり自分の部屋に向かおうとした芳也の後姿に麻耶はギュッと抱きついた。
「……それでもいいです。ねえ、それでもいいから。私はそばにいたいです。愛してくれなくてもいいから。ねえ、お願い」
麻耶は芳也を抱きしめる腕に力を込めた。
「俺は、誰も愛さない。幸せになる資格はない」
何度も繰り返されるその言葉に、麻耶の中で何かが壊れるのがわかった。
「じゃあなんでこの仕事を選んだのよ!なんでこの仕事なの?贖罪って言ったじゃない!許されたいんじゃなかったの?幸せになりたかったんじゃないの?!」
麻耶の叫びに芳也の胸が締め付けられた。
その通りだった。なぜどんな業界の仕事でも、もちろん自分の得意分野であるコンサルタント業だってできた。
でも、このブライダルの世界に身を投じた。
罪の意識からか、誰かを幸せにしたいという気持ちがあったのかもしれない。
幸せな人達を見ることで、自分の罪を償いたかった……そうなのかもしれない
自分が苦しむ度、苦しむことで許しを乞うていた。
自分だけのはずだったのに……。
麻耶を、一番愛した人をここまでまた苦しめている。
自分の自分勝手な行動で、抑えることができなかった思いのせいで。
泣きじゃくって、芳也の背中を叩く麻耶を抱きしめたくて、むちゃくちゃにキスしたくて。
そんな思いをグッと、血がにじむほど自分の手を握ってこらえた。
「なんでよ……。じゃあ嫌いって。お前なんて必要ないって……そう言ってよ」
「悪い……俺は……過去に許されない事をした。お前に愛してもらえる資格なんてないんだ」
芳也はそれだけを言って自分の部屋にもどろうとした。
「もう……いい」
それだけが聞こえて、麻耶の温もりが消えた。
芳也はしばらくそこに立ちすくむと、少しして部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
麻耶は芳也がいない時を見計らって、荷物をまとめて芳也の部屋を出た。
冷静になれば麻耶は自分が迷惑でしかない事に気づいた。
一方的に迫って、好きだと言って……。アイリの言う通り芳也の為に身を引くことが今の自分にできる最後の事だという事も理解した。
あの時の事を後悔する自分もいた。
あの時、芳也に迫らなければ、もっと一緒の時間を過ごせたのではないのか……そんな事ばかりを思ったが、時間が戻る訳もなく無理に考えることは止めた。
好きな人に抱かれたあの瞬間は幸せだった。
どれだけ思い出しても、芳也の手は優しかった。
キスも、甘い言葉もなかったが、抱きしめられる腕は優しくて甘くて幸せだった。
(だから、後悔はしてない。私がいると芳也さんを苦しめるだけだ)
ようやくその結論が出て、麻耶は家を出ることを決心した。
友梨佳の家のインターホンを押すと、友梨佳が笑顔で出迎えてくれて麻耶はホッとしてぺこりと頭を下げた。
「少しの間お世話になります」
「ようこそ、我が家へ。さあ入って」
荷物を1LDKのリビングの隅に置かせてもらい、麻耶はソファに座ると軽く息を吐いた。
「麻耶、紅茶でいい?」
「ありがとう」
友梨佳は自分のカップと麻耶のカップを持つと、隣に座り麻耶を見た。
「それで?急にどうしたの?」
「……振られたの。好きだってバレちゃった」
静かに言った麻耶の目に涙が浮かんだ。
「そっか」
友梨佳は紅茶のカップを手に握ると、
「最後きちんと話しできたの?」
「うんん、一方的に俺は誰も愛せない。そう言われた」
その言葉に友梨佳は怪訝な表情をして麻耶を見た。
「何?それ?意味がわからない」
理解できないと言った様子に、麻耶も複雑な顔を見せた。
「好きじゃなくてもいいから、一緒にいたいって言ってもダメだって。俺には資格が無いって」
「資格?資格って……何か社長ってトラウマ的な物があるの?」
「たぶんね。お家が大変みたいでお兄さんがらみで昔何かあったみたい。ここだけの話だけど噂通り、ミヤタグループの御曹司だと思う」
「え?あれ噂だけじゃないの?」
「アイリさんにも会ったんだけど、社長のご両親もアイリさんとの結婚を望むって言ってたし、政略結婚じゃないかな。今の社長でも上場企業の雲の上の様な存在なのに、世界のミヤタグループの息子なんて手が届くわけないよ」
悲し気に笑った麻耶に、友梨佳も目を伏せて考えるような表情をした。
「そうなんだ。でもたとえ社長がどこの誰であっても、こんな最後できちんとふっきれるの?資格がどうとか、愛さないとか麻耶を好きじゃないって事にはならないじゃない?返事になってないと私は思うけど……」
「それは……」
言葉を濁した麻耶に、友梨佳は言葉を続ける。
「先に進むためにもきちんと振られてきた方がいいんじゃない?私には社長が解らないけど。鍵は返したの?」
「それは……」
それはという言葉以外言葉にできず、麻耶は黙り込んだ。
家を出る時に鍵を返すべきだとはわかっていたが、これを返してしまうと本当にもう芳也と会えなくなる気がして、どうしても置いてこれずにいた。
(確かに自分の中では何も消化できていないし、冷静にお礼も伝えていないけど……でもきっぱり言われたし……)
麻耶は複雑な思いだったが、きちんと拒絶の言葉を聞きたい。そう決心をすると、芳也にメッセージを送った。
【鍵を返したいので、仕事が終わったらS公園まで来てください】
それだけメッセージを送ると、友梨佳に送り出されて公園へと向かった。
麻耶はぼんやりとベンチに座って、今までの事を思い出していた。
時間は二十時三十分。
何時間も待つ覚悟をしたが、思いのほかそんなに待つことなく芳也が現れた。
距離を取って麻耶を見る芳也の瞳には、何も映ってないようで、真っ黒の瞳が麻耶を見ていた。
「ごめんなさい。急に」
そう言って、麻耶はベンチから立ち上がると芳也の前に一歩一歩近づいた。
そして鍵をゆっくりと芳也の前に出すと、芳也は手のひらを出した。
そこに乗せろという事だと理解して、麻耶はその手に触れることなく鍵を置いた。
(やっぱり引き留めてはくれないよね……)
鍵をすぐに握ると、芳也は踵を返して言葉なく麻耶の元から去ろうとした。
「待って」
ずきずきと痛む胸のまま、麻耶は無意識に芳也を呼んでいた。
麻耶自身どんな顔をしているのかもわからず、自分では最後ぐらい笑え。そう心に何度も言い聞かせていた。
「なに……?」
ゆっくりと振り返り表情を変えない芳也から、その気持ちはまったくわからなかったが、芳也の瞳に麻耶の顔が映った。
「やっぱりダメですか?私が側にいることは」
静かに聞いた麻耶に、
「ああ」
表情を変えることなく言った芳也は、何かを決心したような顔に麻耶は見えた。
麻耶は大きく息をつくと芳也を見据えた。
「最後にお願いがあるんです。少しでも、ちょっとでも私のこと好きでいてくれましたか?少しでも好きな気持ちがあったなら……」
麻耶はギュッと唇を噛んだ。
「うん」
「……キス。して欲しいです」
そう言って麻耶は自分の唇をそっと撫でた。
体を重ねても、一度もしてくれなかった唇へのキス。
(愛情のキス……)
その言葉に芳也の眉が一瞬動いた気がした。
でも気のせいかもしれない。
麻耶は尚も表情を変えない芳也にフッと笑みを漏らした。
「お願い。最後にします。これであなたを好きな事を諦めるから……」
(お願い。最後だから。もう困らせないから。あなたの邪魔をしないから……)
涙が落ちそうになるのを耐えて麻耶は芳也を見た。
(大好きだった。一緒に過ごす時間が幸せだった。初めからみっともない所ばかりみせる私にも優しかった。ちょっと意地悪な所も、少し弱い所も全部。大好きだった……)
「最後にキスをしてくれたら、笑っていい思い出だって思える気がします。そんなに私の事嫌いですか?一緒にいて楽しかったのは私だけですか?芳也さんの抱えている物もわからないし、私ではダメな事は解りました。だから最後に思い出を下さい」
ゆっくりと言った麻耶のその言葉に、芳也がふっと目を逸らした。
少し考えるような仕草の後、そっと麻耶の目の前に来た。
一瞬だった。
麻耶が目を閉じることも、構えることも、そんな事もさせてくれない。
一瞬の出来事。
そっと触れるだけのキス。
1秒だけの。
(時間が止まればいいのに……)
今だけ。そんな麻耶の思いはむなしく、芳也は麻耶の隣を通り過ぎて人ごみへと消えて行った。
麻耶は一瞬触れた唇を自分の指でなぞった。
(終わっちゃった……)
そこまで思ったところで、涙が溢れた。
とめどなく溢れる涙を、麻那自身信じられず指で触れた。
(うそ……こんなに……苦しいの……。好き……好きなの……)
たまに通りかかる人がチラッと見ながら麻耶を避けるように歩いていく。
それでも、麻耶はその場から動くことができなかった。
これが本当に人を好きになること。その事を初めて知った。
しゃがむ事も、歩くこともできない。心がちぎれる……。
麻耶はただただ流れる涙を止めることができなかった。
どうやって家に帰ったかもわからなかった。
友梨佳は麻耶の顔を見ると、何も言わずただ側にいてくれた。
どれぐらい時間が経ったのかもわからないが、眠ってしまっていたことに気づき、重い頭と目を開けると、そっと毛布が掛けられていた。
(終わった……)
泣いて幾分すっきりして、麻耶は大きく息を吐いた。