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ルーカスは嫌な予感しかしなかった。
あとは終わりの挨拶だけとなった激励会を老執事のロッドに任せ、ルーカスとヴァージルはダン騎士団長の案内でアーデンがいるという場所に急ぎ向かった。
そこはアーデンが学校の完成をとても楽しみにしている、よく知る大聖堂だった。
ルーカスは胸騒ぎを覚え、着くや否や馬車を飛び降り小走りで大聖堂の重く大きな扉を開けると、祭壇にひとつの棺が置かれているのが視界に飛び込んできた。
そこにはオーウェン司祭がひとり棺に向かって祈るように寄り添っていた。
「まさか!アーデンが!」
ルーカスがその棺の傍に駆け寄る。
棺の中には、愛しいアーデンが静かに胸の上で指を組み、眠っていた。
「領主夫人は先ほど眠りにつかれました」
普段は明るいオーウェン司祭が暗い表情でそっと静かにルーカスに告げた。
アーデンの頬は痛々しいほどに腫れ、髪の毛も乱れ、着ているドレスは裾や袖が破れ、全体的に土がついているのかドロドロだ。
今朝、初めてアーデンの美しいドレス姿を目にした時に、ルーカスはその美しさに息が止まりそうだった。
それなのに、ヴァージルに嫉妬していたために素直になれず、アーデンに八つ当たりのように声を掛けなかった。
ルーカスはそのことが悔やまれてならない。
「……アーデン。目を開けてくれ。私はまだ、貴女のドレス姿がとてもきれいだと褒めてもいない」
ヴァージルも棺に横たわるアーデンを見て、言葉を失っている。
「オーウェン司祭、一体アーデンの身になにが起こったのですか?」
ルーカスが消え入りそうな声でオーウェン司祭に説明を求めた。
「私が領主夫人を発見したのは、山道の崖の下でした。領主夫人は荒くれ者に襲われ、彼らの慰み物になるぐらいならと自分の身を守るために崖に飛び込まれたそうです。私が発見した時はすでに崖から落ちた後で、逃げるのに靴は崖の上で脱ぎ捨てられたのか裸足だったため足は血まみれで、肋骨と腕と足の骨が折れておられる状態でした。ただ、そのときはヨロヨロと歩かれていたのですが、私がお救いすると安心されたのか……」
そう言うと、オーウェン司祭は目を伏せ、手に持っていた十字架を両手でぎゅっと胸の前で握りしめた。
「アーデン……なぜ…こんなことに。私がアーデンをひとりにしてしまったために…」
ルーカスの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「……今さらかも知れないが聞いてくれ。アーデンはお飾り妻なんかではない。私が心から望んだ妻なんだよ。学園時代にアーデンを図書室で見つけてから、私はアーデンに恋をした。君が私の初恋だったんだ。だから父からアーデンとの結婚を言い渡された時は純粋にうれしかった。でも、王命で無理矢理私と結婚させらたアーデンが不憫で…。アーデンがずっと苦労をしていたのは見知っていたから、「君に対して束縛するつもりも関心を持つこともない」の言葉はアーデンがこれからの人生を自由に生きるための言葉だったんだ。それなのにお飾り妻だと誤解させてしまい…私はアーデンを泣かせてばかりだったな」
ルーカスは頬を伝う涙を拭おうともしない。
そして、羽織っているジャケットの内ポケットをごそごそとすると、小さな小箱をルーカスは取り出し、小箱から自分と一緒の瞳の色をした水色の宝石がついている指輪を取り出した。
それはさっき、宝石商から物産展に出品する予定だった商品を頼んで買い取らせてもらったものだ。
「アーデン、私からの初めての贈り物がいまだなんて…気づかなくてすまなかった。こんな朴念仁を許してくれ。でも、自分の色の宝石を見つけた時、アーデンにつけていて欲しいと思ったんだ。私の色をつけたアーデンを見てみたいと思った」
ルーカスの指輪を持つ手が、ブルブルと震える。
「アーデン、愛している。愛しているんだ。ずっと、ずっと愛させてくれ…」
ルーカスは自分の目の前で静かに横たわり胸の上で指を組み眠るアーデンの左手を取ると薬指に指輪を嵌めた。
「えっ?…アーデンが温かい?えっ?」
ルーカスは驚き顔を上げ、戸惑った表情を隠しもせず、真っ赤に泣き腫らした瞳をオーウェン司祭に向ける。
オーウェン司祭はゆっくりゆっくりと優しく微笑む。
「領主様、領主夫人は生きておられますよ。いまはひどい痛みから逃れるために、睡眠薬を処方しているので眠っておられますが」
ルーカスはさらにぽろぽろと涙をこぼし、胸の前で指を組み、天を仰いだ。
「ああああ…神様、ありがとうございます!」
そう叫ぶと、棺の中で眠るアーデンの左手を取り、そのままアーデンの身体の温もりを確かめるように、アーデンに突っ伏して嗚咽を漏らしながらルーカスは静かに泣いた。
☆☆☆
「だから前に言ったではありませんか。オーウェン司祭は人を揶揄うのが大好きだと。挑発には乗ってはダメだと。まんまと旦那様もヴァージルも嵌められているではないですか!」
口ではそんなことを言いながらも、ベットの上のアーデンは満面の笑みだ。
「でも、いまこうしていられるのも何もかもオーウェン司祭のお陰ですね」
アーデンは自分の左手の薬指に嵌められている水色の指輪を幸せそうにさすった。
崖を転がり落ちオーウェン司祭と偶然出会ったあの時、オーウェン司祭は葬儀に使う棺桶を職人の工房から大聖堂に運んでいる最中だったのだ。
大怪我をしているアーデンを棺桶に寝かせて、盗賊からも隠れ大聖堂まで移動するには最適であった。
「あの時は私も生きた心地がしなかった」
ルーカスがあの時の自分の大告白を思い出し照れたのか、ぷいっと横を向いた。
そして、アーデンに聞かれていなくてよかったと胸をなでおろす。
その横顔は冷酷・冷淡・冷静の冷〇活用形のような氷の次期宰相候補と言われた面影は健在だが、アーデンにはただ照れている可愛い旦那様に見える。
ほら、その証拠に耳が真っ赤だ。
「アーデン、シェイラ嬢のことは良いのか?少し調査すれば彼女があの荒くれ者達を雇った証拠も証言も出てくるはずなのに」
アーデンはゆっくり首を横に振った。
ルーカスは、アーデンを探している最中に廊下でシェイラ嬢に会ったあの時の会話でシェイラ嬢が怪しいとすぐに勘づいていた。
アーデンの名誉のため「アーデンを探している」とシェイラ嬢に情報を伏せていたのに、彼女はルーカスがアーデンを探していると知っていたからだ。
「わたしは彼女に最大の罰を与えます。それは彼女の行いに対して「関心すら持たない」ことです。彼女はきっと、上手く行ったと思った今回のこの成功体験からこの先の未来でもきっとまた同じことや、それ以上の悪事を行うことでしょう。その時に気づいても遅いのです。だから私達がいま、彼女のために時間も労力も割いて、「今回のことは人としてやってはならないことだ」と教える必要はないのです。ましてや、シェイラ嬢のためにアボット公爵家と関係を悪くするなんて、どう考えてもリスクでしかないわ……い、痛たたた…」
アーデンの怪我は酷いものだった。いまも少し喋るだけで、折れた肋骨が痛むようだった。
あの後、ヴァージルも本当の黒幕に気づいていたが、アーデンの考えを尊重してくれた。
療養のため動けないアーデンに代わり、ルーカスの世話をすると言って居座ろうとするシェイラ嬢を有無を言わさずに連れて帰った。
「アーデン。私から2つお願いがある」
「何でしょう。旦那様」
アーデンは不思議そうな顔でルーカスを見つめた。
「一つ目は私より先に死なないこと。それと二つ目は、「旦那様」ではなくルーカスと呼んでほしい」
アーデンには予期せぬお願いごとだったようで、一瞬目を大きくしたが、アーデンは幸せそうに微笑むとすぐに頬を真っ赤に染めた。
「旦那……いえ、ルーカス様、わたしもあなたが死ぬまでずっと愛させてくださいね。告白、しっかり聞いていました」
「ア、アーデン!」
「あと、子作りはいかがしょうか?」
アーデンは照れ隠しも含めて、わざと初めてあった執務室でのやり取りのようにルーカスに業務連絡のように聞く。
「いま、いますぐに!」
ルーカスはそう言うと、ベットに座るアーデンを抱き寄せ、自分の腕の中にアーデンを閉じ込める。
「ずっとこうしたかったんだ」
呟くようにルーカスはそう言うと、アーデンの髪を梳くように優しく撫で、アーデンに口づけを落とした。
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