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「こちらとしても、仕方なく行かなければならないようです」
「くるの? 秘密基地」
「弟がとても興味をもっているみたいなので、ぼくが一緒に行ってあげようかと思って」
「いきたい、ひみつきち」
弟の勇信が澄んだ目で言った。
「わかった。行ってみようか。じゃふたりとも、せーのでこっちに渡っておいで」
「勇信……」
「うん?」
「1、2、3で跳ぶからな」
いち……に……さん。
ふたりは一気に岩を渡った。
堀口はふたりを確認しては、何も言わずに先に丘を登っていく。
兄弟もつづいて丘を登っていく。
タバコを吸っていた運転手が、どこかへと走っていく兄弟の姿を捉えた。驚ろいた表情でタバコをその場に捨てて車に乗り込んだ。
パンパン!
黒い車がクラクションを鳴らし、急速に動き出した。
堀口と兄弟は川道をおりて、閉鎖した工場の中に隠れた。
「まさかここが秘密基地じゃないですよね。これならがっかりです」
「ちょっと静かにしてて」
黒い外車が重いエンジン音を鳴らしながら3人の前を通り過ぎた。
「もしかして秘密基地って怖いところじゃないですよね? 怖いところならぼくたち車を呼びます」
廃墟のような工場の雰囲気におののいたのか、勇太の声は不安そうだった。
「もちろんここじゃないさ」
堀口は車が遠ざかるのを確認してから言った。
「ああ、ひとつ言っておきますけど、もしぼくたちを誘拐するつもりならやめた方がいいですよ。ぼくたち普通の子どもじゃないんで。
誘拐みたいなことしたら、あとで死ぬほど後悔することになりますからね。あの運転手のおじさん、柔道3段です。いくらあなたでも絶対に勝てる相手じゃありません」
「誘拐なんてするわけないだろ? ぼく中学生だよ。ぼくだってまだ誘拐される側の人間なんだからさ。車と君たちを引き離すためにここに入ってきただけだから心配しなくていい」
「わかりました。一度だけ信じてあげます」
「いこう! ひみつきち!」
勇信が腕を高々と掲げた。
「あのさ、勇信。秘密基地が何なのか知ってるの?」
「お母さんがヒミツって言いながら、何回かチョコレートをくれたよ。ヒミツはいいことだよ!」
「なるほど……·」
「さあ、そろそろ行ってみよう。こっちだ。ついてきて」
「あ、でもちょっと待ってください」
勇太が堀口をとめた。
「どうしたの?」
「これがあってはいけないんです。勇信、ポケットの中から機械を取り出して」
「あ、うん」
勇太は自分のポケットと弟のポケットを探して2つの機械を手にとった。
「知らないと思いますけど、これGPSです。ぼくたちがいつもどこにいるのか、大人たちはみんな知ってるんです」
勇太は周辺をしばらく見て、建物と壁の間の土の中にGPSを埋めた。
「頭がいいな。それともよくこうやって遊んでたりするのかな?」
「頭がいいんです。この程度もできないなら好き勝手に遊べませんからね、吾妻グループは」
「あづまグループもなかなか大変なんだね」
堀口ミノルと兄弟は黒い車を警戒しながら田舎道を歩いていく。
強い日差しが降り注ぎ、3人の体はすぐ汗だくになった。
途中で水を買って分けて飲み、また先へと進んでいく。
景色は次第に自然の中へと入っていった。成熟した木林が3人を取り囲む。
「あっ、かんらんしゃ!」
木々を越えた先に観覧車のてっぺんが見えた。
そこは15年前に営業を終えた遊園地だった。
とまった回転ブランコやジェットコースター。チケット売り場だった木の家は古く、風が吹けば飛んで行きそうだった。
アトラクションも建物もペンキが落ち、全体的に秋の落ち葉のような色合いをしていた。
「これがあなたの言う秘密基地なら、ぼくたちはもう帰ります」
「かえります」
勇太の言葉を聞き、勇信が兄のうしろに隠れた。
「そうだよ。ぼくたち、ゆうえんちもってるからいつでも行けるんだよ。お客さんだれもいない時間にも行けるんだからね」
堀口は何も言わずにアトラクションの横を通り、公園の奥へと歩いていった。
「ねえ、何でなにも言わないんですか」
「ついていこうよ」
結局兄弟は堀口のあとを追って、公園の中へと足を踏み入れた。
それほど広くない遊園地の中心には、メリーゴーランドがあった。
堀口が注意深く周りを見回す。
誰もいないことを確認し、錆びた鉄柵を越えてメリーゴーランドの中に入った。
「気をつけて入ってくるんだ」
兄弟がついていくと、堀口はペンキが剥がれ落ちたカボチャ馬車の前で立ち止まった。
かつて華やかな装飾を施されたはずの円柱は、すでに古い木柱に変わっている。
「さあ、これから秘密基地に案内するよ。楽しみにしててくれ」
足元には汚れたシートが敷かれてある。
堀口はもう一度周囲を警戒し、シートをめくり上げた。するとマンホールのような木版が現れた。
木版にはところどころ穴が開いている。
堀口ミノルはそこに指を突っ込み、全力で板を持ちあげた。
板の下には内部へと降りられる鉄のハシゴがかかっていた。マンホールの内部と同じような構造だった。
「これ! 本当に秘密基地じゃないですか!」
勇太が興奮のあまり叫んだ。
「シッ、静かに。誰かがきたら秘密がバレちゃうじゃないか」
「ああ……わかりました」
時間は午後2時を回っていた。
強い日差しを浴びた遊園地は、太陽熱で溶けてしまいそうだった。