堀口ミノルがここを発見したのは偶然だった。
閉園して久しく、すでに廃墟と化した遊園地だ。夜には幽霊が出ると言われ、地元住民がここを訪れることはない。
しかし堀口ミノルはこの場所が好きだった。
心ゆくまで読書を楽しむことができる、自分だけの読書室だったからだ。
そうしたある日。
メリーゴーランドに横たわっていると、天井に奇妙なボタンがぶら下がっているのに気づいた。すべてが古びたメリーゴーランドの中で、そのボタンだけが新しい。
「なんだあれ……」
堀口は飛び起きて、隣のカボチャの馬車のてっぺんに登った。そしてぐっと手を伸ばしてボタンを押してみた。
ウィィィン――。
まるで地鳴りでもするように、地面の下からモーターが鳴り響き、メリーゴーランド全体が震えはじめた。
とっくに天命を終えたはずの馬たちが、ゆっくりと動きだす。
派手な光も音楽もなかった。馬はただ静かに半周し、それから止まった。
堀口がカボチャの荷車から降りると、馬の脚の下には丸い木板が現れていた。
床が丸く開いていて、そこに木の板がちょうどはめ込まれている。まるでメリーゴーランドという弾倉にはまった一発の銃弾のようだった。
天井の奇妙なボタンを押すことで、弾丸が現れたのだ。
堀口ミノルは直感した。
これは意図的に隠された蓋であると。
そうして堀口は内部へと侵入し、秘密基地を手に入れた。
「でもなんで君たちに秘密基地を教えるのかわかるかい?」
「ぼくたちが特別だから?」
勇太は当たり前のことのように言った。
「まあ、それもある。でも実は夢のためなんだ」
堀口はその言葉を残して、鉄のハシゴに足をかけた。
先に降りていく堀口に続いて、勇太もハシゴに手をかけた。
そのまま地下に約15メートルほど降りていくと突然足をかけるハシゴが消え、勇太はそのまま落下して転がった。
勇太は恥ずかしさからすぐに起き上がり、弟の腰をつかんで降ろしやる。
内部は夏だとは思えないほどジメジメしていて、また涼しかった。コンクリート特有の香りと、錆びたにおいが鼻腔を刺激した。
「なにここ……」
勇太は転んで汚れた尻をはたきながら言った。
「くらいよ。ぼく、ちょっとこわい」
勇信は辺りを見回し、月のような入り口を見上げた。
「ちょっとそのままじっとしてて」
堀口はポケットから携帯用のLEDライトを取り出し、暗闇の中を歩いていく。
光が当たった先に電気ヒューズボックスがあった。ボックスを開けスイッチを上げると、地下室に小さな明かりが灯った。
地下空間はかなり広かった。
まるで教会のようなおごそかな広さに、兄弟は一瞬言葉を失った。しかしよく見ると壁は濁った灰色をしていて、いたるところから水が滴り落ちて濡れている。
「もしかして、ここって防空壕?」
「なんでそんな難しい言葉を知ってるんだ?」
「甘く見ないでください。ぼく、頭いいんです」
「それはわかってるさ。でもここは『防空壕』じゃなくて、『ぼくの』秘密基地さ」
「そんなのいりませんから」
「……まあ、ついてきなよ。そうすればわかるはず」
堀口ミノルのあとについていくと、そこには一張りのテントが置かれていた。
「うわっ! テント!」
勇信の興奮した声が地下の空間に大きく響いた。
「勇信。あんまり大きい声だしちゃダメだ」
「このテントは家からもってきたんだ。たまにここにきて昼寝をしたり、本を読んだりしてるよ」
「ぼくも本がすきだよ」
勇信がテントを開けて中を除いた。
中には電池式のランタンと数冊の本があった。寒さを凌ぐための毛布や枕もある。
「たまにここで本を読んでるなんて、友だちがいないんですか?」
「読書するのに友だちっている?」
「いりませんね」
「はいるね」
勇信がテントの中に入り、ランタンに火をつけて本を読みはじめた。
最初のページを開き約10秒ほど集中したのち、すぐに本を閉じて置いた。
「ちょっとむずかしいから来年になったらよむね」
「ああ、そうすればいいさ」
「勇信、ちょっとぼくにも見せて」
勇太もテントの中に入り、本を手にした。
堀口と勇信はしばらく待っていたが、勇太は現実を忘れたように本を読んでいる。
「小学生なのにそんなの読めるんだね。やっぱりあづまグループは他とは違うや」
「ぼくもおにいちゃんも本が好きだよ。さいしょはイヤだったけど、読まなかったら大人に怒られるから。でも今はたのしいよ」
「君たちなりの苦労があるんだな」
「ぼくたちは特別だから、他の人よりも何でも必死にやらないといけないんです。お父さんにいつもそう言われてますので。そんなことよりも、秘密基地ってもう終わりですか?」
勇太が本に目をやりながら言った。
「いや、このテントは基地の入り口にすぎない。本当の秘密はもっと中にある」
テントの中にいた勇太が飛び上がるように出てきた。
「わらの家がテントに変わっただけだからちょっとがっかりしてたんですけど。まだ他にも何かあるなら、それなりに悪くありませんね」
「さあ、進もう。ここが防空壕じゃないことを証明してあげるよ」
堀口はそう言って、薄暗い奥へと歩いていく。
兄弟は黙ってあとについていった。
しばらく進むと、目の前に小さな扉が見えた。
固く閉ざされた重いオレンジの門だった。鉄の門の横には、パスワード式のドアロックがある。
「門……。この中に本当の秘密があるんですね!」
勇太は興奮を抑えられず大声をあげた。