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一週間後。時刻は午前0時過ぎ、三月十日。今頃、街は……。 布団を被り目をギュッと閉じても今現在に起きている惨劇を思えば寝れるはずもなく、私は何度も寝返りを繰り返す。
ドクン、ドクンと大きく響く心臓の音。息が速く、頭がグラグラする。
襖により閉ざされた部屋は息苦しく、私はそっと玄関より外に出て行く。
肌寒いがそんなこと気になりもせず砂利道を歩くと、空に広がるのは明るい月と一面の星々。真っ暗な田舎道を優しく照らしてくれる。
遠くの空を眺めるも自然の光り以外は見えることはなく、心よりの溜息を漏らす。
「わ!」
「いやあああああ!」
背後よりドンと肩を叩かれて、あまりの驚きに静かな夜の村に間抜けな雄叫びをこだませてしまう。
ガタガタと体を震わす中でその柔らかな声に、私の警告アラームがようやく鳴り止んでくれる。
「た、た、大志さん、どうしたのですか!」
「それはこっちの言葉や! 何しとんの!」
珍しく口調は荒く、次は私の心が不穏アラームを鳴らし始めた。
話を聞くと私が出て行ったことに気付いて追いかけてきてくれたとのことだったが、……その温かさが痛い。
私は自分が助かる為に良心という名の魂を死神に売ったというのに、こんな優しい人が私に寄り添ってくれるなんて。
「どうしたん?」
「……いえ」
大志さんはそれ以上は聞いてこず、話を変えてきた。
「和葉は小説に興味あるみたいやし、誰の作品が好きとかあるか?」
その問いに菅原平成先生と言い掛けて、口を噤む。確かこの時代では、あの方はまだ無名作家。評価されたのは戦後だから。
そう思いまごまごしてしまうと、まさかの返答が返ってきた。
「和葉も小説書いてるんやろ?」
「ふぇ? ……あ」
図星を突かれた私は何も言い返せず、ただ俯いてしまった。
「やっぱりな。ええやん」
茶化すこともなく遠くの空に輝く一番星を見つめる横顔を、目のみを動かし眺める。
私は菅原平成先生に憧れて、こんな物語を作ってみたいと書いてみた。勿論、親にも言ってない、私だけの秘め事。
スマホの執筆アプリを使用する手軽なものだからこそ、誰にも知られず中学からの五年間続けることが出来た。だけど。
「……もう、辞めました」
それを口にした途端に、喉の奥が熱くなる。
初めて小説を書いたこと、そして書くことを諦めたことを人に打ち明けられた。
話を聞かせてくれんかと言ってくれる大志さんに、遠い昔の記憶を一つ一つ思い起こして話し始める。
中学一年生の時から小説を書いていた私は、親に怒られない為に成績を落とさないよう細心の注意を計りながら執筆をしていた。高校も私の学力より明らかに上を目指して、なんとか合格出来た。
その時は安心したな。もう怒られずに済むって。
だけど自分の学力より上の環境に行くことを、私は甘くみていた。
少しでも気を抜くと、落ちる成績。中学の勉強量では、両立なんて出来なかった。勉強で疲れた後に小説を書くなんて出来なかった私は、高校二年生で断筆してしまった。
高校三年生になり進路を決めないといけなかった時、私は大学の文学部に進学し、小説を書く勉強がしたかった。
だけど、そんなこと言えるわけなかった。そんな不安定なことしたいなんて。怒られて反対されると分かっていたから。
だから私は……。
何を言っているのだろう。たった今、多くの人の命が失われているのに。
「分かるわ、俺もお父さんに反対されて、毎日殴られたな。しかもグーやで」
握り拳を作り戯けて話す姿からは、そんな修羅場を潜り抜けてきたなんて想像もつかなかった。
「……酷い」
「いや、当たり前や。農家の息子がそんな戯けを言い出すんやで」
家長が言うことは絶対とされ、親が子供に手を上げる。本当にそんな時代があったんだ。
「でもな、毎日頼み込んだんや。諦め切れんかった。お母さんや、兄ちゃんらも一緒に頼んでくれてな。一ヶ月粘って受験する許可をもらって、東京の大学に入学決まったら大学卒業後は農業をしっかりやることを条件に小説を書くことを許してもらった」
「すごい」
私は感情のまま、手をパチパチと叩いていた。
「ちゃうちゃう、すごいのは両親と兄らや。あり得んからな。……こうやって念願の大学で学べて、何とか認められようと小説を公募に出してたけど、全然やで。大学で同級生に読んでもらっても、全然意味分からんわーって笑われたしな。理解してくれてるのは極一部。大学の友人三人と、菊さんと旦那さんだけや。めっちゃ面白いって本にするように勧めてくれ、出資までしてくれてな。でも全然やったわ。まあ、合う合わないがハッキリしている話とは言われてるでな。でもやったると思った。大学の単位落とさんように勉強して、家庭教師の仕事して、寝る時間削って執筆して、それで絶対に文学賞を取る。そう意気込んでたな。……そんな時に戦況が悪化していった。大学の授業はなくなり、子供らが通う学校までなくなった。しゃーないよな? 子供らも我慢しとるんやで。親と引き離されたり、亡くした子だっているんやで……」
星々を眺める表情は、あまりにも切なくて。
今独りぼっちということはお父さんやお兄さん達も戦地に居るのか、それとも……。それにお母さんは?
そんなこと、聞けるはずもなかった。