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空が廊下を走る足音が、遠くからだんだんと近づいてくる。
それに気づいて、陸は――目を開けようとした。
「……っ……」
まず、まぶたが重い。
まるで鉛が乗っているかのように、開かない。
喉が乾いて、粘ついた息が吐き出される。
手を動かそうとしたが、感覚が鈍い。
「……おかしいな……起きるだけ、だろ……?」
起きなきゃいけない。
祖国が来る。海が怒る。空が騒ぐ。
起きて、制服を着て、顔を洗って、あの書類も目を通して、点呼にも間に合わなきゃ――
「……あ、ああ、クソ……!」
額にじっとり汗が浮いてきた。
けれど寒気がする。布団の中の温度が、もうわからない。
横になったまま拳を握ったら、ほんの少し震えていた。
心臓の音が、耳の奥で響いてる。
やけにうるさい。痛いくらいに。
「……何してんだ、俺……起きろって……」
声にならない独り言が漏れる。
頭の奥で警報が鳴っているようだ。寝てる場合じゃない、寝てる場合じゃない、って。
なのに身体はまるで反応しない。脳と神経の接続が、どこかで断ち切られてるような。
「っ……、ああ……!」
無理に起きようと、身体をねじってみた。
その瞬間、胃の奥から鈍い痛みがせり上がって、喉まで何かがこみ上げた。
「……っうぇ……っ……」
吐き気が来る。だけど、吐けない。何も食べてないから。
胃液だけがじわりと上がって、喉に薄い酸味を残した。
布団の中で、背中を丸める。
耐える姿勢のまま、動けない。
「……やばい、やばい……空が……来る……」
ちょうどそのときだった。
ドアの向こうから、元気な声が響いた。
「陸にいー!? おきてるー!? 点呼の時間だよー!」
心臓が跳ねた。耳が痛い。
布団の中で、陸は目を見開いて、かすれた声を漏らす。
「……起きてる……すぐ行く……」
そう言っても、身体は動かない。
布団の中、陸は自分の拳を握りしめ、少しだけ、震えながら、焦燥に焼かれていた。