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【玲於Side────】
それから数日後のことだった
薄暗いリビング、テーブルに並んだ空き缶と、わずかに残ったつまみの乾き物。
宅飲みを始めてから数時間が経過し、部屋にはアルコール特有の、どこか浮ついた空気と熱が立ち込めていた。
ふと膝に重みを感じて視線を落とすと、酒臭さを纏った霄が、いつの間にか俺の膝の上で丸くなっている。
「……玲於の匂い、落ち着く……」
回らない舌で紡がれる、妙に甘ったるい声。
いつも俺を振り回すような強気な態度はどこへ行ったのか。
まるで甘え方を知り尽くした子猫のように、俺の腹に顔を埋めて擦り寄せてくるその姿に、俺は呆れ半分、可愛さ半分で思わず苦笑を漏らした。
「そんなに甘えてどうしたの? 寂しかった?」
冗談めかして問いかけながら、細い髪を指先で梳くように撫でる。
すると、霄はさらに甘えるように額を俺の体に押し付けてきた。
酩酊した瞳はとろんと潤み、視線が合うたびに熱っぽい色が混ざる。
その無防備さに愛おしさが込み上げる一方で、なぜか俺の胸の奥には
小さな棘が刺さったような、チリリとした違和感が居座っていた。
(……いつもなら、もっと反抗的なはずなのに)
酒に弱いのは知っている。
だが、ここまで理性のタガを外して俺に全霊で依存してくる姿は珍しい。
それだけ俺を信頼し、心を許している証拠だと思いたい。
「……ねぇ、玲於」
「ん?」
「俺が……世界で一番、玲於のこと愛してるから……」
唐突に零れた告白に、心臓が跳ねた。
「何急に。嬉しいけどさ」
「ホントだもん……玲於しかいらないもん……玲於がいなくなったら、俺、生きていけないもん……」
壊れたレコードのように何度も同じフレーズを繰り返す。
必死に愛を訴える霄が、愛おしくて仕方ない。
こんな、映画の台詞みたいな言葉を吐くなんて、相当酔っているんだろう。
普段なら絶対に出ないであろう甘い言葉の数々に、支配欲が満たされていくのを感じる。
気分がいい。
これなら毎日だって酔わせたいくらいだが、流石にそれは可哀想か、なんて余裕すら持っていた。
「……んんっ……」
再び、霄が俺の太ももに頬をスリスリと寄せてくる。
「どした?」
優しく促す。
まだ何か言いたそうに唇を動かす彼から、次にどんな愛の言葉が飛び出すのかと、期待を込めて耳を傾けた。
「ローくん……好き……」
「……は?」
鼓膜を揺らしたその響きに、思考が真っ白に染まる。
聞き間違いか。聞き間違いであってくれ。
そう願う俺の祈りを無惨に切り裂くように、霄は追撃を放った。
「ロウくん……っ……」
明らかに俺ではない男の名前。
瞬間、思考が停止した。
心臓が氷漬けにされたように冷たくなり、血液が逆流するような感覚。
暖房の効いた部屋の温度が急激に下がったような錯覚に襲われる。
反射的に、霄の両肩を強く掴み上げていた。
ぐらりと揺れる霄の視線が、ようやく俺の顔を捉える。
だが、その瞳には焦点が合っていない。
完全に泥酔し、意識は混濁の極みにある。
「ローって、誰だよ」
低い声で問い詰めると、彼はぼんやりとした表情で首を傾げた。
「んぅ? ……ロウくんのこと……?」
「そうだよ。誰?」
俺の鋭い追求に、霄はわずかに目を開けたが、抗えない睡魔に襲われているのか、重そうなまぶたがゆっくりと閉じていく。
「おい、寝るなよ。答えろって」
肩を激しく揺さぶるが、返ってきたのは微かな寝息だけだった。
すでに彼は、心地よい眠りの淵へと落ちていた。
「……っ!」
激しい腹立たしさと、手の施しようのない虚しさが交錯する。
俺の膝の上で、全てを預けて安心しきったように眠る恋人の寝顔。
月明かりに照らされたその表情は、まるで天使のようで、殺したいほどに憎たらしい。
今この瞬間、俺に抱かれながら、霄の夢の中にいるのは「ロウ」という見知らぬ男なのだ。
(誰だよ、そいつ……。どこで知り合った……?)
怒りで指先が微かに震える。
まさか、浮気?
いや、そんなはずはない。
俺は霄の全てを管理している。
霄のスマホに忍ばせた監視アプリで行動は常に把握しているし、GPSだって正常だ。
メッセージのやり取りも、彼が寝ている間に定期的にチェックしている。
俺の網を潜り抜けて男と会うことなんて不可能なはずだ。
「なに別の男の名前呼んでんだよ……」
呟いた自分の声が、驚くほど冷酷に響いた。
眠る霄を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。
その間も、頭の中では最悪の仮説が渦を巻いていた。
隠れて連絡を取っている幼馴染か。
それとも俺の知らない過去の男か。
「……いや、落ち着け」
部屋の明かりを消し、冷え切ったベッドに潜り込む。
隣で眠る霄の体温を感じるために、壊れ物を扱うような繊細さと
二度と逃さないという執念を込めて、その細い体を強く、強く抱き寄せた。
伝わってくる鼓動が、彼が俺の所有物であることを辛うじて証明している気がした。