テラーノベル
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その日はランチも取れないほど忙しかった、週末を終えてやっとの休日だった
たいがいは休日も接待ゴルフなどの予定が入るのだが、めったにない一人きりのまったくのオフの日なので、体力の限界に挑戦してみようと竜馬はジムでいつも通り汗を流した後、メビウスタワービルの近くの公園にランニングに出かけた
ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み、クラッシックを聞きながら軽くジョギングし、小さくても緑が豊かな公園を一周した頃には、ずいぶん気分もすっきりした
休日を一緒に過ごす女性などいなかった、すでに竜馬は周りから「首切り社長」と恐れられてたし、それでなくても竜馬の毎日はすでに綱渡り状態だ
責任の重い仕事と会社の将来の重圧に日々耐えているので、その隙間に女性の事を考える余裕などまったくなかった
その時、ふと頭に浮かんだのはジャスティンだった・・・もう彼を亡くして三度目の冬が来ようとしているのに、誰かと恋愛するどころか男も女もジャスティンほどの人はおらず、竜馬にとっては誰もが物足りなかった
荒い息を整えて公園のベンチに座り、ぼんやりと記憶のジャスティンを辿る・・・
夕陽に照らされて金髪を輝かせる大きくてしなやかな体つきのジャスティン・・・頭がものすごく良くて・・・洗練されていて優しいジャスティン・・・
教会の鐘も負けてしまうぐらい竜馬の胸を高鳴らせてくれるジャスティンの笑顔・・・たった一度きりの心を通わせたキスの後は照れくさくて二人は暫くお互いの顔が見れなかった
今でもその気になれば鮮やかに蘇る・・・彼を失った竜馬の胸の空洞は誰にも埋められなかった、肉体関係こそなかったが、たった一度の本気の恋愛が竜馬の心に永遠に消えない爪痕を残したのだ
その時、ベンチに座っている竜馬の目の前に一匹の大きな犬が現れた、竜馬とその犬はじっと見つめあった・・・犬は豊な毛並みの尻尾を優しく揺らしながら、大きな金色の瞳をこちらにむけ、問いかけている
「・・・ゴールデン・・レトリバー・・かな?」
その犬の首輪には赤い十字架の「ヘルプ・マーク」がついていた、竜馬はその犬に言った
「介助犬・・・か?飼い主はどうしたんだい?逃げ出してきたのか?」
すると犬がぐるぐるその場に回って一声吠えた、竜馬は言った
「着いて来いって・・ことか?どうした?何かあったのか?」
竜馬と犬は一緒に走り出した
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犬に案内され竜馬は、公園の散歩道の奥へ進んでいった、するとその散歩道の休憩用のベンチに座り切れず、地面にうずくまっている白髪のお婆さんを見つけた、小さな体を丸めて息を切らしている
「大丈夫ですか? どこか痛みますか? 」
竜馬は礼儀正しく尋ねた、お婆さんの背中を触る・・・小さくゼイゼイと喘ぎ震えている、竜馬はジョギングウェアに短パンだが、今朝はとても冷える、お婆さんは紫の薄めのダウンを着ているとはいえ下はスカートだ
寒さがこたえたのだろうか、深刻な状態かもしれない、傍らにいる犬は我慢の限界に達したようだ、竜馬の腕を頭でつつきワンッと鳴いた、耳を立てて、まだ飼い主の状況を理解していない竜馬を金色の目でひたと見つめている
ずいぶん具合が悪そうだ・・・竜馬は胸の中で心配が膨らんだ
「救急車をお呼びしましょう、それかご家族様に連絡しましょうか?」
その瞬間、おばあさんが目を閉じた・・・気絶するまいとしているのか、しきりに唾を飲み込んでいる
ゼイ・・・ゼイ・・・ 「大丈夫です・・・ どうぞ・・・お構いなく・・・しばらく座っていたら・・・よくなりますので」
犬はワンワンッと吠えた、明らかに竜馬に助けろと言っている
「マックス・・・ステイ!」
お婆さんがきっぱりと言うと、犬はビシッと背筋を伸ばして座って大人しくなった、なんて利口なんだ、今信用できるのは犬の方かもしれない
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竜馬はお婆さんの言うことより犬の言うことを聞くことにした、そしてお婆さんのカバンにも犬の首輪についている同じヘルプマークがついていたタグの裏を見る
「田宮・・・花江・・・78歳・・ この人の名前かい? 」
マックスが「正解だ!」とばかりにワンッと吠えた、そこには花江を知るだけの十分な情報が書かれていた、花江は心臓病で今起こしているのは間違いなく発作だ
「田宮さん!待ったなしですよ 救急車を呼びます、そしてここに記載されてるのはご家族さんの番号ですね、かけますね! 」
ゼ―・・・ゼ―・・・「ほ・・・ほんとう・・・に・・・大丈夫ですから・・・ 」
またマックスがワンッと吠えた、竜馬はマックスの頭を撫でてやった、偉いぞマックス、僕が来たからにはもう大丈夫だ
「大丈夫は「気持ち」を表す言葉です、田宮さん・・・体調とは関係ありません! 」
その後の竜馬の処置は速かった、到着した救急隊員は花江の容態を確認し、すぐに酸素マスクを彼女に装着した、マックスと竜馬も救急車に乗り込んだ
家族に電話をしてここに来てくれるのを待つより、搬送先の病院で待ち合わせをするように指示をした、それが一番良い方法だったからだ、救急車で搬送されている時も、マックスはずっと大人しく竜馬の足の所に伏せていた
ゼ―・・・ゼ―・・・「犬は・・・お好き・・・ですか? 」
酸素マスクのおかげで少し容態が良くなってきた花江が竜馬に聞いた
「昔、知人が同じ名前のペットを飼っていましてね、僕も彼を欲しいと思ったものですよ」
竜馬はタトゥー彫師のロック・ハウンドが飼っていたワニのマックスを思い出して微笑んだ、鋼のような獰猛な牙・・・どことなく笑っているかのような愛嬌のある顔・・・戦車のような頑丈な背中
「こんなに賢くはなかったな」
竜馬は足元の犬のマックスの頭を撫でて微笑んだ
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その次の週の水曜日、竜馬達は依頼されたクライアントの会社の会議室にいた
外では相変わらず人員削減反対のデモが行われている、会議の最初の発言者の竜馬は、まるで人員削減など何でもないかのように話しを切り出した、しかし削減対象の会社役員幹部らは、メビウス立ち合いの元によって収集されたこの会議で、会社としての失策が正されることを望んだ
「メビウスの社長!あなたはその業界では伝説になっているほどの人ですから、会社のために一番良い道を探してくると我々も信じています、ですがねぇ~・・・先に幹部団の我々と面談をしてくださるものと、私は思っていたのですがね~」
おでこの生え際が後退している、この議会の役員会議長が社長の横で「青二才が生意気な」との勢いで竜馬に言った、竜馬は社長と会議に参加している幹部、数人に冷ややかな鋭い視線を一人一人に向けた
幹部連中は竜馬の鋭い視線を受け、背筋がぞくぞくするのを感じて数人は口を閉ざし、数人は視線を床にやった、竜馬が言う
「面談は感情論で我々の判断を狂わせようとします、過去の今までどの会社も一様です、なので我々は事業部の会計報告書ですべて判断します、わが社のもっとも優秀な人員削減チームの組織図から、25の役職を分析させます、大切なのは客観性な人員データですよ 」
竜馬の冷淡で危険な雰囲気は相手を圧倒した、社長の横に座っている取締役員会議長が光ったおでこをハンカチで拭きながら、やはり傲慢な口調で竜馬達に言った
「しかしねぇ~!我が社の組織を合理化する必要があるのは認めますよ・・・ただ・・・長年この会社に尽くしてきた人達と後あと、揉めて困るような削減は避けたいだけです・・・こんな抗議活動を起こされてはねぇ~・・・ 」
竜馬が冷静に話す
「尽くすとは「見返りを求めずに奉仕すること」です、報酬と言う見返りを当然と思ってやって来たことを「尽くす」と勘違いして、会社に恩を売るような姿勢の人間を削減するために、我々はここにいます」
竜馬は手を前に組み、前かがみの姿勢で一言、一言重みをそえて話す
「まずは、役員幹部、中間管理職から削減は始めます、我々のやり方が気に入らないというのならば、今この場で、この仕事を降りて頂いても、我々は痛くも痒くもありません 」
取締役員会議長があんぐりと口を開いた・・・会議長にこんな口の効き方をする者なんて今までこの会社にはいなかった、だからこそ取締役員会議長は会社の経費で好き勝手やってこれたのだ
「我が社には豊富な人員削減マニュアルと情報があります、社外に与える悪印象をご心配のお気持ちはわかりまが、そもそもこの会社は収入と支出が伴ってないんですよ、このままでは悪印象どころか半年後には潰れて全員解雇です」
竜馬が役員会議長ではなく、その横の今や小さくなっているこの会社の社長に目を向ける
「それで?皆さんのお答えは? 当初の依頼通り、我々の自由にやらせてくださるのですか?」
数秒の沈黙があり・・・役員達はメビウスの方々のアドバイスを全面的に肯定し指導してもらうと言った、竜馬の横にいる宗一郎が勝ち誇った様に言う」
「これからは抗議デモに対して警備をもっと増やした方がよいでしょう、電話でもメールでも、少しでも脅迫的な態度を感じたら警察に連絡するように、やけになった人間は何をするかわかりません、でも、それも一時的なものです」
次の竜馬の物の言い方はすべてお見通しとばかりに、役員会議長に言い放たれた
「もしかしたら誰かの「差し金」で彼らは「デモ」を起こしているのかもしれませんからね」
そう言うと竜馬は役員会議長をじっと睨んだ
彼は最後まで竜馬達を見なかった
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夜通し降った雨は上がり・・・ちぎれる雲間から朝日の光が・小さな公園にも差し込んでいた
やっぱり緑はいい・・・空気が洗われているようだ、長い一週間だった・・・竜馬がジョギングをしようと公園につく頃には寒さも、かじかむ手も、体を動かしたおかげであったまっていた
疲れているが穏やかな気持ちだった、デモ運動はあれから自然にフェードアウトし、険しい峰の頂上に立ち、ようやくほっとしたような、そんな気分だった
最も、明日にはすぐ別の山に登らないといけないが・・・今はようやく小休止といった所だろうか、漠然と竜馬は老後の事を考えた・・・引退したらどこかの湖水地で一日中ハーレーをいじって過ごす・・・少しだけ気分が良くなった
竜馬はポケットのティッシュを取り出して鼻をかんだ、日本にきてからとんでもなく鼻水が溜まり、やたらくしゃみが出る、空気が最悪なんだ
聞いたところによると、日本には「杉(SUGI)」という木があり、それが悪さをしているらしい、国家予算を費やして切り倒せばいいのに・・・マンションの最上階も最悪だ、キッチンで料理でもしようものならリビング中に匂いがこもる、空気が逃げていく所がないんだ
その癖、窓を開けたら強風ですべてがなぎ倒されるので、ずっと窓を開けていられない、なので日本に来てから竜馬はいっさい料理をしなくなった、あの豪華なアイランドキッチンもお飾りだ、そして通風孔の関係でトイレとキッチンとバスルームの換気扇を一気につけると、通風孔の中で風が喧嘩して逆流してくる
空気清浄機は24時間つけっぱなし、竜馬は思った、まるでハムスターのプラスチックの檻の中に住んでいる気分だ、日本人はこんな所に住むのに慣れている、なんて変わっているんだ、自分も日本人だけど・・・心はすっかりアメリカナイズされたようだ
公園に来たら、くしゃみも少しはマシになった、土の匂いと木の匂いが癒される、竜馬は大きく深呼吸をした、それに食欲も湧いていた、これが終わったら「コンビニ」に行ってみよう
「コンビニ」はいい、24時間開いているし、狭い店舗に何でも置いてある、コーヒーの味は最悪だが、だけど食事はしばらくお預けとなった
竜馬の目の前にマックスがワンワンと吠えて竜馬の方に駆けてきた
「やぁ!マックス!WhatsApp!!(元気か?)」
その向こうにマックスのリールを持った、中堅の男性が竜馬を待っていたかのように立っていた
竜馬はひと目見て花江さんの息子さんだと思った、とても顔がよく似ていた
「松下竜馬さんですね、先日は母を助けていただいてありがとうございました」
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第207話、拝読しました。竜馬さんの休日の孤独なジョギングシーンから始まって、ジャスティンを思い出す胸の痛み、そしてマックスとの出会いで一気に温かい空気が流れたのがとても好きです。「大丈夫は気持ちを表す言葉です、体調とは関係ありません」という台詞、グッときました。慌てず的確に動く竜馬さんの行動力もかっこいい。後半の人員削減会議での冷徹な手腕とのギャップがまた魅力で、「尽くす」の定義を問い直す場面はゾクゾクしました。物語の緩急が上手いなあと。マックスと再会した終盤、次が気になります!