エンジンの音が空を震わせていた。
滑走路には三機の零戦が並び隊員たちが黙々と整備を続けている。日の丸の赤が朝日を受け眩しく見えた。
突撃服に腕を通し頭には鉢巻。
兵舎からここまで黙って歩いてきた。
「橘」
背後から声がした。
振り返ると岡部が立っていた、桃を持ってる。
「盗んできた。食うか?美味いぞ。」
首を横に振った。
「要らない。食え、お前が生きて戻ったら故郷のヤツらに味を教えてやれ。」
「お前らしいや」
それきり黙った。
離陸の準備が整うと上官の命令が響いた。
「橘清志!出撃せよ!」
操縦席に乗り込みハッチを閉じた。写真を胸ポケットに入れ乾パンを少しだけ食べる。
プロペラが周り機体が滑り出す。
何も考えずに黙々と操作する。
涙がこぼれた。何も考えぬようにするが家族との思い出を考えてしまう。
何も出来ない。あの時母を慰めれなかったあの時の自分を呪いたい。
この空をまた純粋な気持ちで見い。
終戦後、とある寺で一人の男性が一通の手紙を読んでいた。
封筒の隅に滲んだ字でこう書かれていた。
「橘清志より」
そして、手紙にはこう書かれていた。
「生きるのは怖い。でも、死ぬことよりずっと尊い、
どうか生きてください。たとえどんなに酷い時代でも。」
風が吹いた。
その風の中にどこか懐かしい、桃の匂い、
「岡部」と懐かしい声で呼ばれた気がした。