「最後に今回の仕事について確認しておくわ」
「……ああ、やってもらいたいのは、ある女の子のご機嫌取りだ。ウチのモンスターの一匹がターゲットの”お友達”なんだが、今日ランクアップした。ターゲットはランクアップが何なのか良く分かっていなかったので、ランクアップによって”お友達”に会えなくなるのではないかと不安になっていた。不安解消の為、今日これから”お友達”と一緒に会いに行くのだが姿が変わってしまっているので、ターゲットがどう反応するか分からない。最悪の場合、新しい”お友達”が必要になるかも知れないことを想定して、その新しい”お友達”の役を君に担ってもらいたいと考えている」
「何か意味深な言い回しね」
「このミッションには私の人生が掛かっているといっても過言ではない。期待の新人たるエインセル君にはその実力を遺憾なく発揮してもらいたい。任務において確認しておきたいことはあるかね?」
「さーいえっさー、とでも言ってあげればいいの? とりあえず、その女の子について知っている事を教えてちょうだい」
「ああ、ここに情報を纏めた資料がある」
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名前:鈴木 愛華 (すずき あいか)
性別:女性
年齢:5歳
居住地:○×県 引洲敗阿市 白須等町
好きなもの:王王王、テレビアニメ『ふたりもプニキュア』
嫌いなもの:俺
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「これだけ?」
「いや、こんなにもあると言わせていただこう」
「……これだけ?」
「……幼女の個人情報を収集する16歳の男。そんなレッテルを貼られると世間の風が冷たくなるんだよ。凍死するレベルに」
「アンタ、使えないわね」
辛辣ゥ!
「まぁいいわ。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応させてもらうわね」
「……そんな感じでお願いします」
「それじゃあ少し待ちなさい」
何をするのだろうか? 俺から離れて机の上に立ったエインセルは置いてあった鏡の前に立つと
「アンタ、ちょっと向こう向いていなさい」
「はい」
くるりとな。
「メタモルフォーゼ!」
!? 何秒か背後から光が溢れる。衝動的に振り向きたくなったが堪えた。今、俺の背後では何が起きているんだ!?
「もうこっち向いていいわよ」
振り返った俺が見たものは。
何と言う事でしょう。
理不尽極まる魔法の力で、くすんでボサボサだった金髪がサラサラストレートに、ボロのビキニがメイド・バイ・ネズミーの妖精衣装に、荒れた不健康色のお肌はスベスベ健康色になっていたのです。顔も化粧したってレベルの変わり様ではない。
行った事は無いが大人のお風呂屋さんのパネル詐欺とはこういう物なのだろうか。行った事は無いが。
やだ、俺に[個体特性]があったら《妖精不信》が芽生えそう。
「わかってはいるんだが、念の為に聞いておく。 ……誰だ、お前!」
「お約束と言うヤツね。私よ、私。エインセル♪」
「……嘘だ! 声も違うじゃないか! 明らかにアニメ声だぞ!」
「あっはは♪ な~にを言ってるの? ゴシュジン☆サマ! こ~んな可愛い妖精ちゃんミ☆ がエインセル以外にいるって言うの?」
ポーズを決めて首を傾げ、キラッと星を振りまいてそんな事を言い出す自称:エインセル。
恐ろしい。俺は一体いままで何を見て生きてきたんだ。女は化けるというが、これは…… いや、いやいやこれは魔法の賜物だ。騙されるな。人間の生身の女性はこんなのとは違うはずだ。そう、こんなのとは……!
「こんなの呼ばわりとは、えらく失礼ね」
あ、いつもの声だ。
「言っとくけど、人間でもあんまり生身の女性に夢を見るのはどうかと思うわ」
「……あーあー 聞こえない。聞こえなーい」
「まったく、仕方の無いゴシュジンサマねぇ。時間、大丈夫なの?」
「……あ、うん。あまり遅くならないうちに行こうかなと」
「そう、それじゃさっさと行きましょう」
そう言うと俺の肩の上に乗るエインセル。事ここに到っては腹を括るしかないか。
下の王王王を回収して早速出かけよう。
一階に下りると母さんが肩のエインセルを見て、
「あら、守。その子が妖精なの?」
「ああ、うん。名前はエインセルって言うんだ」
「こんにちは、ご主人様のお母様ですね。私、エインセルと申します。これからお世話になりますので何卒よろしくお願い致しますね」
こいつ、猫被ってやがる。そう思うとエインセルが腰掛けて母さんから見えないように肩の肉を抓んでくる。あまり痛くないが、その行動自体にイラッと来る。こいつ、俺の脳内を直接……!
「まあ! エインセルちゃんは日本語を話せるのね! 嬉しいわ~ 私、モンスターの皆とお話したかったのよ!」
母さんよ、通訳:俺が間にいると会話にならぬと申すか。
「おお。妖精か! いやー可愛らしいなぁ~ 会話も出来るなんて凄いな~」
にこやかな父さん。
「ウチの守は気難しい所とウッカリした所があるから大変だろうけど、よろしく頼むよ。」
俺に欠点が無いとは口が裂けても言えないが、この闇の化身に何をよろしく頼むと言うのか。
「あらお父様ったら! 私の方こそご主人様に迷惑を掛けないように頑張りますわ」
お父様、おとうさまか~、そんな事をのたまいつつ頭を掻いて照れる父さん。こんな父は見とうなかった。
わずか2分にも満たない時間で二人は篭絡された。
もし俺がコイツの本性を知らずに人から紹介されていたら、俺もこんな感じに騙されていたのだろうか。
妖精不信が深刻化、女性不信の気が若干発生しつつ王王王の方を見ると、母さんを取られたにも関わらず泰然とした態度。今は次女か。
今はあんな女に気を取られても最後には私のところに帰ってくるでしょう、仕方ないわね的な雰囲気を出すのが次女。
長女なら対抗心か嫉妬心が見えるだろうし、三女なら母さんに構って欲しがるか俺に泣きついてくるだろうし。
実は怒らせると一番怖いタイプなのではなかろうか、次女。
そんな事を考えていると足をテシテシと踏まれる。こいつも、俺の脳内を直接……!?
とにもかくにも二匹を連れて歩く事五分。エインセルはリュックに入れているが、途中ご近所さんからの視線を華麗に奪い、鈴木家に到着。
うん、奪ったのは俺じゃなく連れている王王王だったけどな!
王王王に三女に変わってもらうと、すこしオドオドした感じが出始めた。あー、やっぱり拒絶されたらと思うと怖いんだろうなー
「だが、待たない」ピンポーン
「キャウン!?」
怯えている王王王を置き去りに唐突にチャイムを鳴らす俺。
“ブルータス、お前もか”賞にノミネートされるだろう、良い表情をしている王王王。
とりあえずダウンジャケットのフードに移して隠れてもらっているエインセル。
さて、ミッション開始。お前たちならやれると一応信じているぞ、王王王、エインセル!
トタトタトタ、と音が近づいてドアが開く。
「わんわんおーちゃん!?」
残念、コアクトーンです。
だが、俺の事はどうでもいいのだろう。
「わんわんおーちゃんはどこなの!?」
必死な口調で、真剣な表情で詰め寄る愛華ちゃんに見えるように、開いたドアの裏側に隠れた王王王を指差すと、
「わんわんおーちゃん……?」
見た目が前とは結構違うし、すぐに王王王とは思えなかったのだろう。愛華ちゃんは戸惑っている。
王王王は観念したのか、クゥンと鳴きながら伏せて上目使いに愛華ちゃんを見る。
「わんわんおーちゃん?」
「クゥン」
「わんわんおーちゃん」
「ワン」
「わんわんおーちゃん!」
「ワン!ワン!」
わんわんおーちゃん! わんわんおー!と抱きつきながらはしゃぎ回る愛華ちゃんと王王王。
問題が無かったのは良いんだが、今の遣り取りは一体何だ、まったく理解できん。
よかったわね、と涙ぐむ愛華ちゃんのお母さん。
うんうん、と頷く愛華ちゃんのお父さん。
いやー、いい物を見たと見たという雰囲気で見守るご近所さん。
何時の間に湧いて出たんだ、ご近所さん。
危なかった。愁嘆場や修羅場が生まれていたら危惧した通りムラハチにされていたやも知れぬ。
ほっとしたのも束の間、フードからヤツが飛び出した。
そう、使わなくて良かった次回まで温存しておこうと思ったばかりの今回の切り札、エインセルが。
「も~! ご主人様ったら何時まで私を放って置くの! ブルームフラウちゃん、怒っちゃうぞ☆彡 プンプン!」
と、飛び出してきた。
その場にいる俺を含めた全員の視線がヤツに向かう。何故出てきた。そして文句を言っていたのに使うのか、その芸名。
エイン…… いや、ブルームフラウは愛華ちゃんの顔の前まで降りてきて、
「こんにちは♪ 私、ブルームフラウって言うの! あなたのお名前、良かったら教えてくれるかな?」
愛華ちゃんは、ようせいさんだぁ~、と見つめていたのだが声を掛けられて、
「す、すずき あいか、ごしゃいです! あの、ようせいさん、ですか?」
「うん、そうよ。私は光とお花の妖精なの! 今日はご主人様が王王王ちゃんのお友達のお家に行くって言うから付いて来たの♪ 愛華ちゃんは王王王ちゃんとはとっっっっても仲良しなのね!」
「はい、わんわんおーちゃんは、とってもなかよしです!」
「やっぱりそうなんだ! うらやましいな~ ねぇ愛華ちゃん、良かったら私も愛華ちゃんのお友達にしてくれる? 私、愛華ちゃんのお友達になりたいな!」
「ほんとーですか、うれしいです! あいかもぶるーみゅ、ぶるー……」
「ブルームフラウ、だけどブルーでもフラウでも良いよ♪ だって愛華ちゃんはお友達だもん!」
「えっと、それじゃふらうちゃんってよんでいいですか?」
「うん♪うん♪ 全然オッケーだよ! 愛華ちゃん!」
「わぁ……♪ ありがとう、ふらうちゃん! あいかも、あいちゃんってよんでいーよ!」
「わかったわ、愛ちゃん! これからよろしくね!ミ☆」
「うん、ふらうちゃん!」
流れるように、ヤツは愛華ちゃんを手なずけた。
子供に分かりやすい言葉選び、言葉のテンポとテンション、表情と仕草……
ヤツの素を知っている俺からすると、演技以外の何物でもないのだが、所謂演技くささを感じさせる点は何処にも無かった。
今の光景を見ただけの人間だと、間違いなくヤツの本性を誤解する。
あ、ヤツが見物していたご近所さんの子供に近づいている。いかん、被害が、被害が感染拡大する!
おおい! やめろ、もういい、もうここまでで良いんだ!
心の声は聞こえているだろうに、ヤツは魔の手を第二、第三の子供に伸ばしていく。
今すぐにでも連れ帰りたいが、うまく場を言いくるめる言葉は見当たらないし、物理的に止めに入れば俺をコアクトーンと認識する子供が増えかねん。
それはいいとしても親御さんたちの心象を考えると…… うぉ、親御さんもすでに心をやられていないか!?
顔、ニッコニコやでぇ!?
今後のご近所付き合いに頭を抱える俺
親友のはずの愛華ちゃんを3分で奪われて呆然とする王王王
ご近所さんを虜にして夕方の空を飛び回る演技の魔王
どうしてこうなった!
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