白須等町に魔王が舞い降りたその日の晩、夕食後に俺の部屋でエインセルに夕方の件を問い詰める。
王王王は下で母さんにベッタリ甘えている。今日の件で心の傷でも負ったと言うのだろうか。送還はもう少し待ってやろう。
部屋に入るなり自分の考えを述べ、どういうつもりだったか問いただしてみると、
「それはアンタの考えが甘いわね」
と反論をされている。何故だ。
「……切り札として存在を隠したほうが、後々何かあったときの保険として有効だと思うんだが」
「一理はあるわ。でも、一理だけね。後出しにした方が取り繕い感があるでしょう?」
「取り繕いって」
「保険として後出しにすると遅くなればなるほど私の存在は不自然になるわ。だって私、Fランクでしょう? アンタのランクが上がれば上がるほど、こんな事もあろうかと用意していました感が強くなるわよ」
そうか、言われてみると今なら戦力として確保しましたと言えるけど、後になるとそれ以外の理由を邪推されるか。
「それに王王王ちゃんと私の二枚看板として売り出したほうが、何かあってどちらかがコケた時にもう片方で支えていける。前の子の引継ぎやるよりそっちの方が負担が少ないわよ」
「……そうか、言われてみるとそういう考えもあるのか」
「そういう訳で私を表に出しておいたほうが、何かと都合が良いと判断したの。まぁ他にも理由はあるけど。勝手にしたのは悪いと思うけど、別に何も考えなしに行動したわけじゃないわ。そこの所は分かってもらえるかしら?」
「……分かった。事前の打ち合わせも不十分だったし、今回はお互い様ってことで。ただ、次があってその時に時間もあれば相談してくれよ」
「ええ、それはもちろんよ。それで、スポンサーとしてはどうかしら、私の仕事に言いたい事はある?」
「面倒事が増えそうな点に言いたい事はあるけど、仕事には文句の付けようもないよ、お疲れ様でした」
フフン、と言い出しそうに胸を張り、
「ええ、分かってもらえたようで何よりよ。 ……それはそうと、先程から何をしているのかしら?」
「今日の報酬と契約金の支払いの準備だが」
エインセルの視線が、部屋中央にある一人用コタツで作業をしている俺の手元に向かう。
作業といっても今日の神社の帰りに寄ったデパートの玩具売場で買った人形遊び用の家具を包装から取り出し展開しているだけだ。
ウチにはフェアリー用の家具なんてないし、取り寄せる時間も無かったので。
売り場に入る前に必死に用意した、親戚の子供へのお年玉代わりという設定はお蔵入りになった。
余計な事を聞かずに淡々と会計をしてくれた店員さんには感謝しているが、同時に言い訳すら出来ない状況は正直きつかった。
「いやぁ、お金渡したら何に使うか不安ですし、ウチは親戚の子にお年玉渡すときは物を渡しているんですよ~」
と、言わせていただきたかった。聞かれてもいないのに自分から言い出すと言い訳感が尋常では無いし。
女の子向けの玩具の家具を抱えた俺を見る他の親子連れのお客さんの視線が、視線が……
コタツの上に買ってきたカーペットを敷き、テーブルセットを乗せてテーブルクロスを掛け、さらに造花入りの花瓶を載せる。
少々お値段が掛かったが、どれもプラスチック製ではなく、布と木で出来ている本格派だ。
お金を掛けずにダンボール製の手作りで済ませる勇気は俺には無かった。笑ってくれ。
灯りとしてジオラマセットの街灯を二つ取り出して配線を出来るだけ見えないように配置してスイッチオン。明かりが強いな、薄紙貼って光量落とすか。……よし、こんなもんか。
食器セットを持って下に降り、カップ一杯のホットミルクと余ったミルクを移したピッチャー、カットしたチーズ三種類と、焼いた食パンをカットして五種類のジャムを添えた(好みが分からないので塗ってはいない)皿、デザートにリンゴをフェアリー用に一口サイズにいくつかカットして半分にハチミツを掛けた物を小皿に用意する。もちろんハチミツは追加できるように別に小型のピッチャーに用意してある。冷めない内に上に持って行き配膳した。
「準備が終わったぞ。冷めない内にどうぞ」
そう声を掛けたのだが、何故かエインセルは動かなかった。よく見ると体が震えている?
「すまん、少し手を加えているが何か気に食わない部分があったか? 教えてくれればすぐに取り替えるが。あ、それと服、着替えなくていいのか?」
もう仕事は終わったし、元の格好でいいんだが。
「ヒッ! そ、そうね、問題は無いと思うわ。服、よね。そういえば私とした事がウッカリしていたわ」
「……ん。あっち向いてるから」
向いてしばし。何も変化がないように思えたので声を掛ける。
「もうそっち向いていいか?」
「待ちなさい、まだよ、まだだから!」
「……時間掛かると冷めるぞ? 着替えてから準備した方が良かったか?」
「いえ、もうすぐに済ませるわ! メタモルフォーゼ!」
ピカッと光ると
「もういいわ」
「そっか」
向き直った俺が見た物は、赤を基調にした色鮮やかなドレスを着たエインセル。舞踏会仕様かな?
「「……」」
「それ、食事の時の服なのか……?」
「ええ、そうよ! そうなのよ!」
そんな力強く断言しなくても。
「それで…… その、ご主人様? これは何日分の食事なのかしら? 百日分? それとも百五十日分?」
「え? 一食分だよ? 百日分って…… 妖精ジョークは人類には難しいな。とにかく遠慮しないで食べていいよ、残った分は俺と王王王で食べるし」
この中だと狼って食べられない物なかったよな? あ、ブルーベリージャムはダメかもしれん。俺が食べるか。
「嘘…… 嘘よ、こんなの…… そうよ、きっと…… そうなのよ、だから……」
よく聞こえんが何か呟いている。早くしないと本当に冷めるぞー
「ふん、いいでしょう。それでは頂いてあげるわ!」
何という言い分。とりあえず
「お粗末ですが」
どうぞ召し上がれ。
テーブルに降りて片側の手足を一緒に動かすナンバ歩きをしながら席に向かうエインセル。
席に着いて早速食べ始めるのを見たので後ろを向いてスマホをイジる。食事風景をジッと見られるのも落ち着かないだろうし。
だが、1分もしない内にガタッと音がすると後頭部がポカポカと叩かれ始めた。
「どうした。やっぱり何かダメだったか」
振り向かずに聞くと、
「そうよ、ダメよ!」
厳しいお言葉が。そうか、ダメだったか。何が悪かったんだろう?
「全部よ!」
それは理不尽な。さすがに全部って事は
「全部…… 全部よ! ミルクは腐ってないし、パンも、チーズもカビてない! ジャムもハチミツも水で薄めていないし、果物も新鮮で瑞々しかったわ! ねぇ、ミルクは腐りかけだったのよね! カビは刮ぎ落したんでしょう? ジャムもハチミツも果物も傷んで捨てる物だったのよね! そうよね!」
「……いや、最初ってことで多少は奮発したが普通に食事を用意したつもりだが。ていうか腐ってるとかカビだとかそれはどう考えてもありえないだろう? 食ったら食当たり起こしそうな物を人に食わせるとかないわ、いやホント ……あ、すまない。ひょっとしてエインセルはそういう物の方が良かったのか?」
「好きな訳ないでしょう、バカァ!!!」
ですよねー
「……お前は何を怒っているんだ? 済まんが全然分からん」
「……そう、そういう事、だったのね」
急に目からハイライトが消えるエインセル。
「メタモルフォーゼ」
あれ? なんで闇色の輝きが。
現れたのは下着姿のエインセル。
「 」おまえは なにを やっているんだ?
「ええ、そう、そうよ。おかしいと思ったのよ。たったアレだけの労働でこんな御馳走が出てくるなんて。分かっていた事なのに、私、また騙されたんだわ」
そう言うとゴロンとコタツの上に寝転がり、
「さぁ、分かっているわ。好きにしなさいよ。覚悟は出来たわ!」
あの、君は俺の何を分かっているのでしょうか? 参考までに、今、俺には君の事が全く理解できません。(震え声
「そう、したいんでしょう……?」
艶めかしい声で、
「着せ替え人形遊びを!!!」
「……えっ」
何を言ってるんですかね、このダークフェアリーさんは。
「そうよ、人間の男はそうなの。皆最後はそうなのよ。アンタは最初はそれを隠していて今その本性を現しただけ。分かるわよ。そこのクローゼットの中か、机の引き出しの上から三段目、もしくはベットの下に……隠しているんでしょう?着せ替え用の衣服と小物、下着のコレクションを!いつかフェアリーに着せてやるんだって!ああ、何てことなの!きっと私、これからアンタの取って置きの衣服に着替えさせられるんだわ!メイド服とかセーラー服、チャイナドレスとかならまだマシ、そうマシなの。この国の男だときっと巫女服だわ。それも着物袴の上下だけじゃなく色々な装飾とか装甲を増やして情報量の密度が高かったりするヤツ!服を着た私はマシンガンとかガトリングガンを持たされてアンタの事をお兄様とか言わされて、嫌がる素振りを見せたら舌舐めずりして『もう報酬は払ったよなぁ?嫌だってんなら元通りに返してくれりゃあ良いんだぜ、返せるモンならなぁ!』って言ってくるんだわ!そして嫌がる私に手取り足取り触れてポーズを取らせるの!『ヒャッハ~原作再現だー!』とか言って!ねぇ、そうなんでしょう!?私に酷いポーズさせるんでしょう!パッケージ絵みたいに!パッケージ絵みたいに!!!」
「 」言葉は出ないが、手は横に振る。ねーよ。全部ねーよ。
「嘘よ!!!」
絶叫するダークフェアリー。
「じゃあ、なんなの? なんであんな家具買ってきたの?あんな御馳走用意したの? 私、聞いてない。聞いてないよぅ……」
手で顔を覆って遂に泣き出す。
俺も泣いてベットに潜り込みたい。いつの間にか寝ていて朝起きたら全部夢だったって事になってほしい。切実に。
報酬の食事を用意したら泣き出される厳しい現実に心折れそうになるが…… って冒険者になってから折れまくりだな。現実の難易度が上昇して生きるのが辛いわー
とりあえず二時間の話し合いにより、今回の問題点がはっきりした。エインセルが想定した報酬のハードルがあまりにも低すぎたのだ。労務規定で定義したWA、俺はこれを一時間一WA位の積もりで考えていたのだが、エインセルの想定は一週間四十二時間(六日×七時間)働いて一WA。さらに品質最低未満の想定とか…… 心が弱りきっていたのか、聞かれたくなかったろう以前の契約内容を聞いてみた所、簡単に教えてもらえた、の、だが。このブラックさ加減、いやもうこれダーク、ダーク労働環境。そんな環境で働かされれば人間不信にもなる。安楽死したくもなるわ!あれだけガチの契約結ぶのも当然だな!護身術習得の件は涙無しで聞けなかったわ!本当に自分の身を守るために自力で編み出したとか!本当にもうね、もうねぇ!!!
読心術を持っていても、読んだ人間の心すら信じきれない程の不信を抱かせる程の非道、人はそこまで悪を為せるのか。
冷め切った食事を一旦作り直そうとしたら、勿体無いから、ご馳走だからと必死に袖を掴んで食べようとしたので気分的には落ち着かないが、そのまま食べてもらう。本当に美味しそうにお腹が一杯になるまで、いやお腹が一杯になっても食べようとしていた。
余った分は俺が目の前で全部食べ、無駄にならないことを証明した。証明しなければ、タッパーにでも詰めて持ち帰りそうな気配があったからなぁ。明日以降の食事と非常食もちゃんと用意しているというのに。
そんなエインセルも現在俺のマフラーを寝具代わりに眠っている。さすがにベットまでは買っていないので代わりに使わせたのだが、結構具合は良い様だ。
俺も今日は疲れた、本当に疲れたんだ。冒険者になって色々あったけど、今日ほど疲れた日は無かったぐらいに。
だって……
一日の最後まで誰かを疑い続けた事なんて、ここしばらくは本当に無かったから。
演技A級なら今日一日演技することなんて容易いだろうし、エインセルの演技と本音の境目は読心術すら持っていない俺には分からないから。
何よりも、エインセルは異常だ。
アイツの召喚MPは五、六十くらいと見積もっていたのだが、実際に掛かっていたMPはたったの二MP。
召喚デバイスのバグでなかったとしたら、アイツ自身の存在がバグだ。
電気を消した俺の部屋は、いつもより暗い気がした。
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