猫に首輪をつけるお話。アメ日要素は後半からです。
人は皆、大事なものには名前を書けと言う。
例えば冷蔵庫のプリン、お気に入りのTシャツ、思い出の写真、エトセトラエトセトラ。
では、大事な者には何をすればいいのだろう。
アメリカはトントンとペンを鳴らしながら考える。
「兄さんが静かなんて珍しいね。何か考え事?」
耳が若干失礼な文言を拾った。
「酷ぇな。俺はいつだって人類のために悩んでるぜ。」
「そうかもね。」
軽口にカナダが少し笑う。
「そういうお前こそ悩み事とは無縁そうだけどな。」
「ここ最近はもっぱら関税かな。」
聞こえない聞こえない。ヒーローの耳が拾うのはヒロインと民衆の歓声だけだ。
「で?何に悩んでるわけさ。」
カナダは苦笑しながら湯気立つマグを置いた。
「…首輪抜けの上手い猫。」
「ふぅん。」
「いや、それどころか首輪にすら気付いてなさそうなkittyがいてよぉ…」
「かわいいじゃん。」
「いーや。その上ふらふらどっか行っちまうし警戒心は無いし。すぐ他の奴らに喰われそうなんだよ。」
「でも名前書くわけにもいかねぇしでお手上げなんだ。」
机に突っ伏す。書類でしょ、と咎められたがそんなの知らない。
自分にとっては契約書のシワより目前の問題だ。
「あっ!」
「あ゛?」
カナダが組んでいた腕を解き、にこやかに言った。
「今の首輪が気に入らないんじゃない?」
「何が?」
「兄さんの猫じゃん。」
あぁ、と逸れかけていた意識を戻す。
「なんかどっかで首輪抜けする猫ちゃんの首輪買い替えたらしなくなったって見たよ。」
「ふぅん。…そういうもんなのか…。」
くびわ、と三文字を舌の上で転がす。ふっ、と口角が上がった。要は違う印をつければいいのだ。
「サンキューな、bro。」
***
「日本。」
呼びかけに、小さい影が振り向く。
「…あぁ。お疲れ様です、アメリカさん。」
アメリカの恋人である日本だ。
雪のように白い肌、黒曜石の瞳。疲労とクマで霞んではいるが、じゅうぶん太陽じみた笑顔。
デスクの上にはブルーライトで光るエナジードリンクの缶があることあること。
「…今日も終電か?」
「すみません……。全然お先にお帰りいただいて結構ですよ。」
優しく問いかけたつもりが、不満げな声になってしまったのだろう。日本の眉がふにゃりと垂れ下がる。
「俺寂しい。」
小さくほくそ笑みながら、日本の肩に顔を埋める。すみません、と鈴のように澄んだ声がした。
「じゃぁ、聞いてくれるか?俺のお願い。」
少し離れ、拗ねたような顔を作る。日本がこてんと首を傾げた。
「『お願い』…?」
そ、と頷き、恭しく小さな手を取る。
ほっそりとした指。綺麗に整えられた爪が彼の性格を物語っている。
その左の薬指を、口に含んだ。
驚きからか、びくりと指が跳ねた。出て行こうとするそれに舌を絡める。
「んっ……」
甘やかな声に、相変わらず敏感なこって、と目を細める。
日本は抗議するかのような目を向けてきてはいるが、その艶やかな唇を手で塞ぐだけで、本当に嫌ではなさそうだ。
快楽に弱い彼のことだ。その目が熱を孕でくるのも時間の問題だろう。
じゅぷり、じゅぷりと音を立てて滑らかな肌を楽しむ。
ふたりきりのフロアに満ちる淫靡な音は昨夜とよく似ていて、日本の息が徐々に荒くなっていく。
愉悦に浸りつつ関節の溝をなぞっていると、八重歯の先を肌がかすった。
「ん゛ぁっ……」
本能的な恐怖からか、日本の指が微かに震える。
それを感じ、本来の目的を思い出した。
第二関節を舌先でつつき、その奥、指の根元にまで舌を這わせる。
ねっとりと味わうようにゆっくり舐り、満足して舌を離した。
日本が少し名残惜しそうにしながらも、要求の終わりに肩の力を抜く。
_と。
その柔肌に犬歯を突き立て、ガブリと噛み付いた。
「い゛っ……!?」
短い悲鳴。サッと日本の瞳に薄い膜が張る。
小さな指はひらりと抜け出した。
「何してんですか。」
満足げに笑ったからだろうか。日本が潤んだ瞳で威嚇してくる。
「サインだよサイン。印。」
「…はい?」
「だってお前危なっかしいんだもん。俺心配でさ?」
指についた青黒い輪っかを撫でる。
「誰にも取られっちまわねぇように、な?」
じゃ待ってるわ、と手を振り、オフィスを出ていく。
それを呆然と見送った日本は、即席のエンゲージリングに、頬を真っ赤に染めた。
(終)
コメント
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米さん…流石だなぁ(?)恋人関係という実体のない首輪から噛み跡という皮膚に刻み込む婚約指輪に変えるとは…しかも噛み跡はだんだん消えてくからその度に噛んであげないとですもんね!定期的にイチャイチャしないとだもんね。最高です。 話は変わりますが、にわかさん、キャラクターの性格や情景の表現上手すぎないですか…?文章読むだけでどんなキャラ設定なのかやどんな場面なのかが、深く考察せずとも明確に想像できてとても読みやすいです。ノベルを書く民として、参考にさせていただきたいですね。萌と同じくらい学びの多い作品だなと思いながら拝読しております。