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ジュリアンと両親に見送られ、ルシンダはユージーンとともにボートが繋がれている桟橋へとやって来た。アクアマリンのような湖面が陽光を映してきらきらと輝いている。
「綺麗な湖だな。ボートを漕いだら気持ちよさそうだ」
「うん、早く乗ろう」
「よし、じゃあ手を貸してごらん」
ボートに乗り込むと、ユージーンがロープをほどいて桟橋を蹴った。ボートが岸を離れ、櫂の動きに合わせて進んでいく。
「ボートを漕ぐの上手だね。慣れてるの?」
「何回か乗ったことがあるからな」
「そうなんだ。そういえば昔、お兄ちゃんと一緒に白鳥の足漕ぎボートに乗ったことがあったね」
「そうだな。ルーが十歳のときだったか。懐かしいな」
「あのときはお兄ちゃんが張り切って遠くまで行きすぎちゃったから、戻るのが大変だったよね」
前世のことを思い出して、ルシンダがおかしそうに笑う。ユージーンも記憶に残っていたようで、「そうだった」と溜め息混じりで返事した。
「あのときは二人でいっぱい漕いで疲れたな」
「ふふっ、今度は気をつけないとね」
前世では辛いこともあったが、ユージーン──前世での実の兄だった悠貴とは楽しい思い出ばかりだ。
「今世でも、またお兄ちゃんと兄妹になれて、本当によかった。ジュリアンは可愛いし、お父様もお母様も優しくて……。私、こんなに幸せでいいのかな?」
湖面でちゃぷちゃぷと手を動かすルシンダに、ユージーンが答える。
「……いいに決まってるさ。それに、ルーはもっともっと幸せになる。絶対だ」
「本当? そうだったらいいな」
今でもすごく幸せなのに、どんなことが起こったらこれよりもっと幸せになれるのだろうか。
(あ、でも──……)
ルシンダは、首にかけていた赤い石をぎゅっと握りしめる。
あの日、二人でプレゼントし合ってから、毎日肌身離さず身につけている真っ赤なガーネット。彼がいなくなってしまっても、この石を身につけていれば、彼と繋がっていられるような気がしていた。
私に優しい家族を作ってくれて、急にいなくなってしまったあの人。
ルシンダと兄妹ではなくなって嬉しかったと言ったあの人。
(……クリスが帰ってきてくれたら、もっと幸せだろうな)
──さようなら、ルシンダ
そう言って去っていったあの後ろ姿が、今も脳裏に焼きついている。
(早く、会いたい)
「……ルシンダ? 急にぼーっとして大丈夫か?」
ユージーンが心配そうにルシンダの顔を覗き込む。
「あ、えっと、なんだか私も眠くなってきちゃったみたいで……」
クリスのことを思い出していたとは言えず、適当に誤魔化すと、ユージーンは「なんだ」と笑った。
「ジュリアンもルーも、子供みたいだな。それじゃあ、もう戻ろうか」
「う、うん。せっかくボートに乗ったのにごめんね」
「いいよ。ひなたで昼寝するのも気持ちよさそうだ」
桟橋へと戻るボートの上で、ルシンダは水色に輝く湖面を見つめながら、クリスの瞳の色に似ているな、とぼんやり思った。