(なるほどなぁ)
麗は閉店予定の店のバックヤードに一人立って、壁を見ていた。
かつて麗が本店に研修をしていたときは毎日声を出して読み、サインをしなければいけなかった挨拶訓練が、誰もしていないのだろう真っ白だ。
「こんにちは、いらっしゃいませ! 恐れ入ります! ありがとうございました! またお越しくださいませ!」
一人声に出して読み、売り場に出る。
「おはようございます! 今日からお世話になります。須藤麗です、よろしくお願いいたします」
この店は閉店が決まっており、麗は社長。
当然、歓迎はされないと覚悟を決めていたのだが……。
「あらぁ、えらい若いこやないの。あとでロッカーに飴ちゃん入れとくから食べてや」
開店担当のパートに優しく対応され、麗は驚いた。
「……あの」
麗がもごもごと言いよどむとバーンと、背中を叩かれた。割と痛い。
「そんな暗い顔せんでええって。むしろ今まで潰れへんほうが不思議やったし。こんな自分の娘と変わらん年齢の子、いじめたりせーへんわ」
「……すみません」
「それよか、マネキン変えてくれる? 若い子のセンスで可愛くしたって。その間に開店準備終わらせるから」
「いいんですか? 嬉しいです。ありがとうございます!」
麗はセンスがある方ではない。でも、子供服は好きなのだ。
特に、店に来るお客様は、子供服を買いに来ているだけあり、誰もが幸せそうで、接客をするなかで麗も幸せをお裾分けしてもらえている気分になる。
だから、わくわくしながら何を着せようかなと店を見渡し、いくつか選んでいく。
それにしても大きな店なのに品数が少ない。
そもそも、商品を入れていないのだ。売れないから。
そうこうしているうちに、シャッターが上がり、店の外が見え始める。
この店の前を歩く人達は多い。だが、その誰もがこの店に見向きもしない。
若すぎるのだ。子供がいないというより、そもそも最近大人になったばかりの子達やまだ自分が子供である若い子たちが歩いている。
ここ数年で、近辺に私立の大学や高校が誘致されているからだ。
だから、ターゲット層の若い子持ちがいないし、いたとしても佐橋児童衣料の服は高価で手が届かない。
その上、父の飲酒運転ワクワクマスコミ事件、愛人と不義の子もいたよ! は、SNSでバズったのが切っ掛けだ。イメージが悪いからプレゼント需要もなくなったのだろう。
(なるほど、客が入らないわけだ)
それなのに、改札から出てすぐの一等地にあるわけだから、丸山が追い出したい気持ちはよく分かる。
麗はマネキンを変え終えると、早速、閉店作業。つまり今バックヤードにある余っている機材や割引がなくとも売れる商品を他店に振り替える作業に入った。
これから仕事の日は毎日、朝からこの店でシフトに入り、本社に戻って代表取締役判子押す係の仕事をすることになっていた。
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