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「これはこれはこれは、初めまして社長! 噂には聞いておりましたが、ほんとーーーに可愛らしい方ですね!」
「……ありがとうございます」
昼過ぎから店長が出勤してきたので、麗は頭を下げた。
パートの石田さんからここの店長はものすごく上におべっかを使う人だと聞いていなければ危なかった。
ニコニコともみ手で腰を低くしてこちらを見てくるおじさんに麗はすっかりひいてしまっていることを何とか隠した。
「これほどまでに可愛らしい方だから須藤百貨店の御曹司もメロメロになったわけですな」
「えっと……」
どう返事したらいいかわからず、口ごもる。
あれから明彦と麗の間には明確な距離が生まれていた。
会話、という点では明彦は変わっていない。
口うるさく麗の世話を焼き、誉め、可愛がる。
でも、絶対、麗に触れないのだ。
「店長! おべっかもその辺にしときー、麗ちゃんこまってるやん、可哀想に」
客入りの悪い店のためさっきまで二人きりでいた石田さんとはもうすっかり打ち解けていた。
「いや、おべっかだなんて、本心からで……」
「はいはいはいはい」
店長に対しふーやれやれと、石田さんがため息を吐いた。
そして、ぱっと麗に向かっていた。
「そういえば、新婚さんなんやってな? 旦那様凄いイケメンやん。本社の友達から隠し撮り送られてきたわ」
「あ、ありがとうございます?」
(堂々と隠し撮り宣言されてしまった……)
「それで、子供はまだなん?」
(来た……!)
これこそがこの店舗の接客態度が悪いと言われる由縁である。
店長はへりくだりすぎ、パートたちは高齢のため、若い客が求めるデリカシーというものを理解していない。
「まだなんです」
「そーなん。はよ産んだほうがええで。育児するのにも体力いるし」
「あはは、はい」
(まずは意識改革からはじめなきゃ……)
「つ、疲れた……」
麗が明彦の家でソファでぐったりしていると、明彦が隣に座ってきた。
研修以来、久々の店舗での仕事に麗の精神と体力はゴリゴリと削られていた。
「お疲れ」
明彦が渡してくれたビールをぐいっとあおった。
「どうだ、店は? 上手くやっていけそうか?」
「皆さん、いい人ばっかりだよ。私にもすごく優しくしてくれる。私も久々の接客も楽しい。ただ、皆さん、やる気はないかな。まあ、仕方ないけど」
少しでもやる気を出してもらうため、接客の基本動画を見せたり、率先して挨拶運動でもしてみようか。いや、今更だろう。
「麗、大切なのは気づきだ。人は他人に教わったことよりも、自分で気づいたことの方が印象に残るし、簡単には手放せなくなる」
「つまり?」
麗は小首を傾げた。
明彦が麗と目を合わせてきた。
じっと見つめてくるその瞳に麗が写っている。
「教えるんじゃない、自分で気づいてもらえるよう、計画を立てるんだ」