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その眼差しを信武が真正面から受けたと同時、日和美が「……その、え、エッチなシーンが物凄くいやらしくて照れました」とか……小学生の作文か!という感想を真っ赤な顔をして言うから。
何だか信武まで恥ずかしくなってしまった。
「……そうか」
それで、何と答えたらいいのか分からなくて。
自分でももっと言いようがあるだろう!と言う素っ気ない返しになったのだけれど。
その反応を不満と受け取ったの日和美が焦ったみたいに続けてきた。
「え、えっと……、わ、私がいつも読んでる萌風もふ先生の作品もすっごくエッチなんですけどね。……その、ラブシーンの時の言葉選びって言うんですか? あ、あれがこう、萌風先生のは女性向けと言うか何というか……すっごく婉曲的で柔らかいんです……。でも信武さんのは直接的な言葉が多くて包み隠されてないから……何だか、その……す、すっごく照れ臭かったというか……。と、とにかくそんな感じですっ!」
日和美があまりにも真っ赤になって必死に弁明してくれるから……。
信武はだんだん気持ちの整理がついて来て、それと同時にそんな日和美をもっと辱めて揶揄いたくなってしまった。
「――例えば?」
「えっ」
「だから。例えばどういう言葉がそうだと感じたわけ? 参考までに教えてもらいてぇーんだけど」
実際には言われなくても分かっている。
信武だって作家として普段から色々勉強をしているし、別にTLに対してもそれほど造詣が深くないわけでもない。
(いや、むしろ深過ぎるくれぇーか)
だからこれは単なる意地悪に過ぎなかったのだけれど。
「たっ、例えばって……。そ、そんな急に言われてもっ」
真面目な日和美が必死になるから。
信武は引くに引けなくなった。
「ふぅ~ん。じゃあさぁ、俺がいくつか例をあげてやっからTL風に置き換えてみ?」
言いながら、いきなり深すぎる語句を選んだら拒否られるかも知んねぇな、と思った信武は、手始め手にライトな言葉から攻めてみることにした。
「――そうだなぁ。例えば……乳輪。俺ならそのまんま書いちまうけど……萌風だとどう表現するわけ?」
「ふぇっ!? にゅっ、にゅうっ!?」
「そう乳輪。別にそんないやらしい言葉じゃねぇだろ。日和美、過剰反応し過ぎ」
日和美の羞恥心を逆手にとって、お前、エッチなこと想像し過ぎなんじゃねぇの?みたいな雰囲気を醸し出してやったら信武の目論見通り。
チョロ子の日和美はグッと言葉を飲み込んでから、
「か、過剰反応なんてしてません! ……えっと乳輪ですよね!? ……い、色々ありますけど……色付き……とか……そんな感じ……でしょう……か」
勢いに任せて〝乳輪〟と口走ってみたものの、途中で気恥ずかしくなってきたのだろう。
最後に近付けば近づくほどゴニョゴニョと消え入りそうな声で……それでもちゃんと答えてくれた日和美が信武には可愛くてたまらなかった。
信武は日和美の反応に大満足で心の中、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「なるほど、色付き、ね。――ホント勉強になるわぁ。じゃあさ、その先についてる乳首は?」
「ちっ、ちくっ!?」
動揺のあまり肩を跳ねさせた日和美が、手にしていた紅茶のカップを大きく揺らして、危うく中身をこぼしそうになる。
それを慌ててテーブルに戻すと、ギュウッとカップに添えた手に力を込めたのが分かった。
(少しばかり揶揄い過ぎたか?)
信武がそう思った矢先。
「……む、胸の先端の敏感な突起……」
日和美が消え入りそうな声でそう告げて。
耳まで真っ赤にした彼女が愛しくて仕方がないと思ってしまった信武だ。
「敏感な突起、ねぇ……」
わざとらしく日和美の言葉を繰り返した信武は、そんな敏感なとんがりなら乳首の他にもあるじゃねぇかと思って。
(いや、けどさすがにそいつは正常な状態で言わせるにゃ、ハードルが高すぎて可哀想か)
と思い直す。
信武が一人そんなことを考えていたら、
「あ、あのっ、信武さん! あらかじめ言っておきますけど……し、下の方のことを聞くのは無しですよっ? さすがにそっちは恥ずかしくて口に出来ないのでっ!」
と先手を打たれてしまった。
「なぁ、日和美。一応確認なんだけど……下の方のことって……パンツん中?」
本当は言われなくても分かっている。
日和美が避けたいのは、陰核とか陰唇とか膣口とか……そんな言葉たちのことを指しているはずだ。
元よりそんなところまで言わせるつもりはなかった信武だが、先んじてそこを封じてきた日和美が憎らしくも思えて。
意図的に含みを持たせるような言い方をしてニヤリとしたら、途端真っ赤な顔をした日和美に「わ、分かってて意地悪してますよね!? 信武さんのエッチ!」と睨みつけられた。
(いやいやいや。そりゃーさすがにこっちはお預け喰らいまくってんだ。少しぐらいエロいこと意識させてぇと思ったって罰なんざ、当たらねぇーだろ)
などと日和美にとっては全くもって理不尽なことを思ったのと同時。
信武は自分に噛みついてくる日和美の、不機嫌に歪められた顔さえ可愛いと思ってしまう自分のことを相当重症だと実感する。
「誉め言葉、どぉーも」
「褒めてませんっ!」
気恥ずかしい胸のうちをククッと喉を鳴らすように笑って誤魔化したと言うのに、日和美が頬をぷぅっと膨らませて一生懸命言い返してくるからたまらない。
信武は気が付くとテーブルに手を突くようにして身を乗り出して……日和美のあごをグイッと持ち上げて顔を近付けていた。
「し、のぶ、さっ……?」
急に距離を削った信武へ怯えたように瞳を見開いた日和美を間近に見て、信武は(ちょっと待て! 俺、こいつに何しようとしてた!?)と固まってしまう。
信武は今、日和美にキスをして、そのまま彼女を床へ押し倒して……そうしてそれからその先を……などと頭の中で想像してしまっていた自分を否定出来ない。
(日和美、まだ生理終わってねぇだろ!)
自分の中の激情が危うく決壊しそうになったことへ、正直戸惑ってしまった信武だ。
(……盛りの付いたガキかよ!)
脳内でピンク色の妄想ばかりがたくましく膨らんでいた、性経験のない子供の頃じゃあるまいに。
変にがっついてしまったことが信じられなくてチッと舌打ちすると、
「バーカ。いくら俺でも今の段階でそこまで言わせる気はねぇわ」
と吐き捨てて。
だってそんなの、情事の時に取っておかねばもったいないではないか。
吐息交じりにそう言い放った信武を見て、日和美が「でも……いつかは言わせる気なんですね……」と眉根を寄せた。
***
五月半ばの気持ち良い晴天の日。
今日は、日和美の勤める『三つ葉書店学園町店』で、十三時から立神信武のサイン会が行われる予定だ。
信武は正午に現地入りすることになっている。
そんな大切な日なのに、信武の心はモヤモヤとした荒れ模様。
だって仕方がないではないか。
せっかく日和美と両想いになって、彼女の生理が終わるのを待つだけと言う状態だったのに。
日和美とバカな会話をしたあの朝以降およそ三週間半、信武は日和美とマトモに会えていないのだから。
というのも――。
***
「ねぇ信武! 私の話、ちゃんと聞いてる?」
長い付き合いになる担当編集者に語気荒く名を呼ばれて、信武は不機嫌さを隠さず盛大な吐息を落とした。
「あー、うっせぇなぁ、聞こえてるわ」
「だったら返事ぐらいしなさいよね」
「返事して欲しけりゃ編集らしく先生って呼びやがれ、バカ女」
無駄だと分かっていても抵抗したくなるのは、あの日の朝、日和美と別れて仕事場――自宅マンション――へ戻ったと同時。目の前の女性に軟禁されたからに他ならない。
まぁ作家にはままある話だ。
締め切りまでに仕事をこなせそうにない時、どこかに缶詰めにされてしまうことは。