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どれくらい泣いていただろう。
誰かがドアをノックする音で気が付く。急いで布団で目をこすり、小声で、はい、と答える。
入ってきたのは看護師だ。カートに食事を載せている。
「おはようございます。本日の朝食は、お粥です。食べきれなかったら、無理しないでくださいね」
女性の看護師は、優しく笑いかけた。
夜はほぼ一睡もできず、少し眠りに入ったときには夢を見ていた。
SixTONES のメンバーが樹のもとにやってきて、強く叱責していた。どんなことを言われたかは覚えていないが、『お前なんか辞めろ』と言っていたような気もする。
それで、朝起きるといつの間にか涙で濡れていたわけだった。
メンバーがそんなことを言うはずはない。でも、その言葉が真実のように思えた。そのことを、自分のいないところでみんなで言っているのではないか、と考えて気掛かりだった。そう。もう、自分はグループに必要ない。SixTONES にはいらない存在なのかもしれない。ジャニーズにもいてはいけないんじゃないか。
朝からそんなことを考えてしまって、また涙に明け暮れた。お粥を食べる手も、ほとんど進まない。
と、スマホの通知音が耳に届いた。画面を見ると、北斗から着信が来ていた。
でも、手が動かなかった。北斗からのメールなのに。
文面には、『大丈夫? 元気か? 全然会えないから会いたいよ』と書いてあった。
――会いたくない、今は。誰とも。
しかし、ふと思った。誰とも話さなかったら、独りになってしまう。ずっと面会を拒否していて、一番迷惑をかけているのはメンバーだったのかもしれない。
なのに。寂しいのは嫌だけど、なぜだか誰の顔も見たくない…。結局、返信はせずにスマホの電源を切った。
北斗は、個人の仕事でドラマの撮影をしていた。
そのときでも、樹のことが頭から離れなかった。休憩時間には、ラインを開いて確認する。
「既読ついたのに…返信が来ない」
いつもだったら、既読スルーなんてする人じゃなかった。自分だったらたまにしてしまうけど、樹は絶対にしない。むしろ、即返信するんだ。なのに、なにも返事がないなんておかしい。
「相当、ショック受けてんだろうな…。俺らにも会いたくないぐらい。何してやれるかな…」
すると、共演者の女優さんが話しかけてきた。
「どうしたんですか、松村さん。何だか浮かない顔されてますけど」
「ああ…。ちょっとメンバーのことで、気掛かりなことがあって。すみません、心配おかけして」
「いいえ。大丈夫ですか? 私で良ければ、お話していただければ相談相手になりますよ」
「あ、そんな。かえってご迷惑になってしまいます」
「そんなことないですけど…。わかりました。次のシーンも、頑張りましょう」
「はい」
だが、本番では珍しくミスを連発してしまった。セリフを忘れたり、噛んだりして、監督に注意された。
北斗「はぁ~……」
何とか撮り終えたあとは、すっかり意気消沈し、肩を落として現場を後にした。
大我は自宅にいた。
しかし、ふとあることを思い出し、自室に戻った。スマホを手に取り、操作する。
かけ慣れた相手へ電話をかけた。だが、耳に鳴り響くのは呼び出し音だけ。目的の相手の声は全く聞こえなかった。がっかりして電話を切る。
「はあ…。ったく、なんで…。俺には甘々の樹が、電話に出ないなんてありえないな。北斗がメール送ったけど、返信来てないらしいし。個人のラインにも返信ないし…」
大我もまた北斗と同様、樹に連絡が繋がらず焦っていた。
リビングに降りると、父が戻っていた。
「どうした、大我? 顔暗いぞ」
「うん…。あのさ、メンバーの樹、全然連絡がつかないんだよね。電話もつながらないし。拒否されてる…」
「そうか…。大変だもんな、樹くんも。だから、落ち着くまでは待ってあげたほうがいいんじゃないのか。彼だって、彼なりの考えがあって、話すことを拒んでるはず。無理にこっちから押し掛けたって、精神的に追い詰めちゃうだけだと思うけど」
大我は頷いた。
「わかった。待ってみる」
番組の収録に来たジェシー。
樹とともにレギュラーを務めているが、出られないので代わりで高地が入っている。
高地「あのさ、グループライン見た? 北斗が樹にメールしたんだけど、既読ついてないって書いてあった」
ジェシー「知ってる。俺もどうしようかなーって思って。さすがに、グループのメンバーでも拒否られるのはヤバいと思って」
高地「まあでも、樹の気持ちもわかるよね。絶対耐えられないもん。脊髄損傷なんて、受け入れられないと思う」
ジェシー「うん…」
高地「検査結果って、誰も知らないよね?」
ジェシー「多分」
高地「やっぱ、待つことしか俺らにはできないのかな…。今は」
ジェシー「今は、だね。これからゆっくり考えよう」
当の本人は、病室でみんなと同じ暗い顔をしていた。
「電話…きょもからだったのに…取れなかった…」
頑なに拒むつもりはないけれど、なぜか体が受けつけなくて、誰からの連絡も手付かずだった。
みんなに心配かけるだけなのに。自分の都合で、優しさを跳ね返している。そんなの、ダメだってわかってるのに…。
思い通りにできない自分に苛立ち、無性に悲しくなってくる。そして気づけば頬には涙が伝った跡がある。そんな毎日の繰り返しだった。
みんなと会わなくなって、もうすぐ1週間。そろそろ、メールしてみようか。
熟考の末、ラインを開いた。しばらく何も送っていなかったグループラインに打ち込む。
『今まで連絡できなくてごめん
検査結果出たんだけど、肋骨と背骨折れてて、脊髄損傷だって
腰から下が動かないから一生車いすになるかも
多分辞めると思う』
あえてシンプルにした。本心を悟られないように。
でも、最後に厳しい言葉を入れたのを少し後悔した。さすがに、まだそれは書かなくても良かったかも…。
既読はすぐについたが、返信はしばらく来なかった。文章を読み、衝撃を受けているのだろう。少しの後、一通目が届いた。
大我『嘘…。でも、お願いだから辞めないで! まだ、もうちょっと頑張ってほしい』
その言葉に、ハッとした。やっぱり、辞めろと言っていたのは夢の中で、本当ではないのか。
ジェシー『そんな!ずっとショックで、話せなかったんだね…』
慎太郎『そんな、辞めるとか言わないでよ、樹らしくないから。とりあえず、一回顔見せてよ』
高地『急にやめるなんて言われても困るよ…。でも、ずっと大変だったんだな。もうちょっと俺らを頼っても良かったと思うんだけど。お前はな、人を頼りにしなさすぎなんだよ。全部一人で抱え込むから』
北斗『まあ高地のいう通りだな。
樹の気持ちは十分に分かる。
誰とも話したくなくて、俺らの連絡を拒否してたんだと思うけど、話すことで楽になることもあるよ?
もうそろそろ寂しい頃だろ。会いに行くよ』
北斗の愛のこもったメッセージに、じんわりと涙が浮かんだ。そういえば最近、泣いてばっかりだったな。
みんなのメールをしっかり読んだあと、返信を送った。
『ありがとう
でも、ごめんけどまだ会いたくない
みんなと話したら、自分の中の悪い気持ちとかネガティブな部分、全部吐き出しそうな気がするから。
それと、心の整理が追いついてない
何がどうなってるのか、これからどうすればいいかよくわかんなくて。
心配ばっかかけちゃって、本当にごめん』
今度はすぐに返事が来た。
高地『うん…。大丈夫だよ、樹のペースで。俺らはいつまでも待ってるからね』
慎太郎「わかった。頭の中ぐちゃぐちゃだよね、俺もそうだもん。ゆっくりでいいからさ』
ジェシー『また会いたくなったらいつでも呼んで』
大我『うんメールしてくれただけでもうれしいよ。また今度、ゆっくり話そうな』
北斗『謝らなくていいから
樹は何にも悪くない
辛かったらちゃんと言うんだよ』
5人の優しい言葉に、心が和らいだ。心配は杞憂だった。
……でも。本当に、自分はこれからどうすればいいのだろう。車いすで仕事をすることはできるのだろうか。バラエティー番組なら出れるかもしれないけど…、一番やりたいのは音楽。ライブも。だけど、この身体じゃどうにもできない…。
悩みは尽きないばかりだったが、一つある考えを思いついた。もう一人、誰かに相談してみよう。メンバーの次に頼りがいがあって、親身になって聞いてくれる人。先輩にたくさん思い浮かんだが、その中で一人を決めた。かなり久しぶりに電話する人だった。
電話帳から探し出し、やや緊張気味で通話ボタンを押した。しばらくして、応答があった。
「もしもし」
樹「あ、副社長。お久しぶりです」
滝沢「久しぶり、樹。色々大変だったって聞いたけど、大丈夫? 入院してるんでしょ?」
いつも通りの柔らかい声で訊いた。
「ええ、今病室です。体調は全然大丈夫なので、心配しないでください。で、あの…今日はちょっと、相談したいことがありまして…」
「うん。いいよ、何でも話して」
「実は、検査で言われたのが、脊髄損傷だったんです。腰から下が動かないんで、一生車いすだと宣告されました。それで…まあお分かりかと思いますが、仕事のことについて、これからどうしたらいいのか…と」
「そうか…。車いすか…。難しいな」
「医師の人には、リハビリ次第だと言われました。とりあえず、もう少ししたら始めてみる予定です。一部の仕事ならできるかもしれないし、内容によってはできないかもしれないし…。例えばライブとか」
「そうだね。…メンバーのみんなには言った? 結果とか、自分の気持ちちゃんと伝えた?」
「結果は、大まかにですけど伝えました。でも、まだ運ばれて以来面と向かって話せてないんです。なんか、会いたくなくなっちゃって。自分の気持ちでさえ自分でわかんなくて。……どうすればいいですか、滝沢くん…」
「…とりあえず、みんなと話しな。もちろん、自分が落ち着いてからでいいから。みんなは優しいから、きちんと待ってくれるはずだよ。今後の活動のことも、俺らやメンバーと話し合おう。でも、一つ言えることは、樹の気持ちが最優先だってこと。続けるも、辞めるも自由。だけど、みんなの気持ちもちょっと酌量するのも大事だと思うよ。そこは難しいけど、きっと乗り越えられる。大丈夫」
やっぱりこの人に相談して良かった。心に空いていた大きな穴が、少し塞がった気がする。
しかし、その後も、樹はみんなに会えないでいた。
メンバーは、さすがに心配になり、どうにか外に出させようとしていた。
ある日、たまに部屋に来る薬剤師の人に、とある提案をされた。
「田中さん、今日は晴れてて天気もいいですし、外に出ませんか? 中庭に行きましょう」
樹は薬剤師を見やった。
「外、ですか」
「はい。気持ちいいですよ。気分転換になります」
車いすに乗せてもらい、病院の中庭に出た。薬剤師が言っていた通り、空は晴れて、青かった。何日かぶりに浴びる日差しは、温もりに溢れていた。
ウッドデッキのような木の床で、脇には花壇があった。季節の花が植えられており、色とりどりで美しい。
中庭にはたくさんの人がいた。車いすの人、点滴を引いている人、私服の人。
しかし、その中に、見慣れた顔を見つけた。思わず顔を強張らせる。
今までずっと見ていた5人。でも、ここ最近は見ていなかった5人。みんな背が高いので、目立っている。
樹を認識すると、笑顔を見せた。こちらへ歩み寄ってくる。どうしてここにいるのだろうか。
「みんな…、なんで…」
絞り出した声は、若干かすれていた。
続く