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記憶をなくしたしょぴのお話/前編
微🔞
💙目線
忙しさを理由に、体調不良が続いてるなんて言えなかった。
激しい偏頭痛に毎晩魘されて、薬を飲んでも痛みや吐き気で目が覚めてよく眠れない。
睡眠不足、自律神経の乱れ、ストレス、全て相まって起き上がることさえ苦痛になっていた。
それでも仕事はしなければならない。
下積み時代からすれば、今こうやってトップアイドルとして駆け抜けていけてることは本当にありがたい。
だからこそ、休むなんて勿体ない事はしたくなくて。
穴を開けたくない。迷惑もかけれない。
倒れたりすることはないだろうと甘んじていた。
それこそ迷惑になるなんて考えてもいなかった。
今日も重たい身体をゆっくりと起こして、薬を流し込む。
汗ばんだ身体をシャワーで流して、自分を奮い立たせて玄関の扉を開けた。
マンションの下に呼んだタクシーに乗り込んで、現場まで。
今日の予定を携帯で確認しつつ、滲む視界に目を擦る。
いい加減に病院に行くべきだ、とも思うが時間が圧倒的に足りなさすぎる。
LINEの通知が鳴って、もう一度目をやると、恋人でもあり、メンバー兼リーダーの照から『おはよう』の文字。
同じように一言だけ返して、スマホを閉じた。
今はスマホを見るのすら苦痛で。
早く薬効かねぇかな、なんて思いながらタクシーに揺られた。
楽屋に入ると先に来ていた数人のメンバーたちが、既に楽屋に集まってたり、スタジオ入りしていた。
楽屋にいた舘とふっかに「おはよ」と挨拶をして、机に鞄を置く。
まだ来てないやつもいる。
MV撮影ともなると人数が多いせいで順番待ちになるから、時間をずらしてスタジオ入りする事は良くあること。
まだ来てないのは、照と佐久間とめめくらいか…。
ある程度、机に置かれた私物で誰が来てるかなんて把握出来る。
ふらつきながらも着替えを取って、モゾモゾと着替えてると、ぐらっと目眩がした。
「……っと、え…?翔太、大丈夫? 」
ふらついた先に、スタジオから戻ってきた阿部ちゃんの肩にぶつかった。
相当顔色が悪かったらしい。
俺を心配する声に、舘とふっかも振り向いて。
薬飲んでるから平気、とだけ伝えて、心配する3人をよそに着替えを続行した。
しばらくすると、待機していた俺と舘とふっかが呼ばれる。
水を一口煽って、気合を入れる。
スタジオに入ると、背景の緑カーテンとでかい階段のセット。
階段の周りは廃材が散りばめられていて、階段に登るまでも少し危ない。
CGを使ったMVで、完成するまでどういったものになるかなんて想像出来ないから、意外と動きが難しいやつだ。
3人でカメラマンさんの指示通りに動いたり、廃材を使ってアクションしたり、割と体力が削られていく。
やーばいかも、なんて思ったのがダメだったかもしれない。
ふっ、と力が抜けた気がした。
手すりもない階段。
横も下も廃材だらけで落ちたらやばいのは自覚していても、身体は言うことを聞かなくて。
「翔太!!!」
ふっかが叫ぶ声に、近くにいた舘が俺を振り返って咄嗟に手を伸ばしてきた。
掴もうとして、指が掠った。
舘の顔が、ぼやけた視界の隙間で歪んだ。
そのまま支えも何も無い横に倒れて、真っ逆さまに廃材の上へ身体が落ちる。
階段を滑り落ちればまだ良かったのかな。
手すりがあれば掴めてたかもしれない。
ちゃんと休めばよかった。
落ちる一瞬、色々な後悔が押し寄せた。
────照………。
ガシャン、と大きな音と共に身体に激痛が走る。
皆の声が遠ざかって、そのまま意識を失った。
とても懐かしい夢を見た気がする。
両親と妹と手を繋いで遊園地に行ったり、 ばあちゃんの膝の上で昼寝をしたり。
涼太と海に出かけたり、ダンスを習い始めたり、たくさん楽しかった思い出。
だけどそれ以上に何かを思い出せない。
昔の記憶が鮮明にあるのに、確かに俺はその先を知ってるはずなのに、真っ暗で何も見えない。
怖い…その先に触れるのが怖くて、ギュッと目を瞑った。
「……っ、」
「翔太!!」
次にゆっくりと目を開けた時、先程までの暗さは消えていた。
薄らとした視界に映る、沢山の人。
目だけを動かして、真っ白の天井を見る。
「……ここ、どこ…」
「翔太、ここ、病院。分かる?今、先生呼んだから待ってね」
優しい声を持った、好青年のようで可愛らしい見た目の男が、俺の肩を叩く。
「しょっぴー!よがっだ…!俺、マジで心臓止まるか思うくらい心配したんやで!?」
ぼろぼろ泣きながら、関西弁の男がシーツを握りしめて俺を見る。
「舘さんが楽屋に飛び込んできて、翔太が事故ったって聞いた時、マジで焦った…。俺がちゃんと話聞いておくべきだった。ごめん、翔太…」
なんかすげぇイカついやつが俺に謝ってる。
てか、舘さん…?涼太のこと…?
寝起きの頭が働かない。完全に開けれない目が、無意識にある人を探す。
「……ッ、翔太、ほんとごめん。俺がちゃんと掴めてたら…っ」
「…あ、涼太だ…。なんか、背、伸びた?」
なんか、大人…?でっかい気がして、顔もなんか違うけど、涼太だけは分かる。
だから名前を呼んでみた。
その瞬間に全員が再び俺を見る。
「…ね、翔太…。俺らのこと、分かってる?」
左耳にふたつ、ピアスをつけてるやつが俺の顔を覗き込む。
恐る恐る問われた事に、全員の顔が一気に青ざめる。
「……すみません、誰ですか…?」
一瞬で、空気が張り詰めた。
さっき泣いてた関西弁野郎が、いやや!なんて声を出してまた泣き始める。
冗談じゃないかと言われても、こちらはいたって真面目だ。
今、この場にいることも何故だか分かってないのに、目が覚めればこんな野郎どもに囲まれて。
唯一分かる涼太ですら、俺の記憶してる涼太とはかけ離れていて混乱してるのに。
程なくして、担当医と看護師が入ってくる。
現在の状態説明、事故の状況、淡々と説明をされるが、いまいちピンと来ない。
俺の記憶は断片的にしかなくて、でも涼太以外、コイツらとの記憶は一切無い。
聞くところによると、いま俺は30を超えていて、アイドルもやっていて、涼太とも同じメンバーらしい。
「…へぇ、涼太と一緒なんだ…。スゲェね。腐れ縁かよ」
へら、と笑うと、涼太が眉根を寄せた。
そんな涼太を心配してか、メンバー数人が肩を抱く。
てかさ、人数多くない?9人て。
自分が今どんな顔してるのかも分からないのに、こんな顔がいいやつらに囲まれて、俺目立ってんのかな、なんてどうでもいい事を考えた。
今はそんな場合じゃないだろうけど、俺の中では知らない事だからどうでも良くて。
一時的な記憶障害、戻るかどうかは断定が出来ない。
そう言われた。
身体は腕の骨折と打撲。頭は検査したが異常はなかったらしい。
とりあえず1ヶ月ほどの入院を告げられ、 担当医と看護師が出ていくと、部屋がまた静まり返る。
メンバーの顔はお通夜状態だ。
「…俺、翔太の両親に電話して説明してくるから」
涼太が部屋を出ていく。
知らない顔だらけの中、取り残されるこっちの身にもなって欲しい。
布団で口元を隠しながら、いたたまれない空気でとても気まずい。
それを崩したのは、最初に話しかけてきた好青年っぽい男だった。
「…うん、黙ってても嫌だよね。初めまして状態なんだし、皆ちゃんと自己紹介しよ?翔太に俺らのこと思い出して貰わなきゃ」
ね?とあざとく首を傾げる。
それから一人ずつ紹介されていく。
阿部、佐久間、目黒、深澤、向井、ラウール…?
え、外人までいんの?身長たっけぇ…綺麗な顔…。
なんて見とれていると、最後のやつが阿部に促されてこちらを見た。
あのイカついやつ。ガタイもすげぇ。
「…岩本 照。Snow Manのリーダー。翔太より1個下。……よろしく」
「…よろしく、お願いします」
「翔太、マジで俺も分かんねぇの…?」
「……分からない、です。なんかすみません…」
そっか、とどこか寂しげに顔を曇らせた。
それから全員に、俺とふたりきりで話をさせて欲しいとの事で退室を促した。
また来るね、と岩本以外のメンバーが席を立つ。
リーダーの言うことは絶対らしい。
歳下のくせに、信頼されているのは理解できた。
パタン、と閉じたドアを見つめて、再び岩本の方へと首を向ける。
寝たきりだとこの動きも少しキツイ。
岩本がゆっくりと俺に近づいてきて、伸ばされた手が頬に触れた。
思わずビクッと身体が跳ねる。
「……翔太」
「な、に…」
さっきまでとはあからさまに雰囲気が違う。
メンバーの空気感、というよりは、コレはまるで…。
親指が頬を擦って、唇へと移動する。
ふに、と押さえつけられて、そのまま離れた。
その離れた親指を、岩本が自身の唇に押し付ける。
は…、と息が漏れた。
と同時に、心臓がバクバクと脈を打つ。
間接キス、された…??
状況が全く掴めない。
「あ、あの…岩本、くん?何して…」
「照って呼んでよ」
「ひ…照、なに…?今の…」
「…分かんない?俺と翔太、付き合ってたんだよ」
何となく雰囲気で察したけど、マジか。
男同士で付き合うって、何やってんの俺。
てか俺の好みコイツなの…?
色んな思考がぐるぐる駆け回る。
考えすぎたからか、ズキンと頭が痛んで、思わず顔を顰めた。
再び照の手が伸びてきて、俺の頭を撫でた。
大きい手のひらが、やけに心地いい。
「…いつもの偏頭痛だと思ってた。疲れてたのは分かってた。…担架で運ばれる翔太が、全然起きねぇし、マジで……」
言葉に詰まらせた照の声が震えてる。
相当怖かったのだろう。
コイツが好きだった俺じゃない、俺。
相当こいつに愛されてたらしい。
「照…あの、なんか、ごめん…ね?」
自分のことだけど、自分の事のように思えなくて。
それでも心配をかけたということは、ヒシヒシと伝わってくる。
唇を噛み締めて、泣くのを耐えるように辛そうな顔をした照が俺を見つめた。
その瞳に映るのは、俺じゃない。
目が合ってるはずなのに、どこか遠くを見つめてるようで。
「……1回だけ、抱きしめさせてほしい…」
ぽつりと呟かれた。
固定されてない方の片腕を出して、いいよ、というと、俺を潰さないように頭をふわっと抱きしめられた。
香水が鼻の奥を擽る。
とても懐かしいようで、だけどやっぱり思い出せない。
でも、妙に落ち着いた。
「翔太、思い出して…。俺、何でもするから」
「が、がんばる…」
「…やっぱ、翔太みたいで翔太じゃないね」
あは、と笑った顔は、見た目とは想像つかないくらいかわいくて。
垂れ下がった目がとても優しかった。
それから毎日、照を含めてメンバーが空き時間に交代で会いに来てくれた。
テレビでは俺の怪我による活動休止が連日放送されていて、テレビで見る俺はわりとカッコよかった。
「俺、こんなロングトーン出るんだ」
「そだよ〜。翔太の声がないと、歌いづらいんだから、早く戻ってきてよ」
携帯を弄りながら話す深澤は、あっけらかんとしている。
皆はわりと世話焼きなのに、コイツは来ても携帯ばかりで、たまに他愛のない話をして。
気を遣われてない、というのが逆に居心地が良かった。
「ね、深澤。…俺、どうやったら記憶戻んのかな。戻んなくても、前の俺じゃなくても、皆は俺を受け入れてくれんのかな…」
「なぁに言ってんの?翔太は翔太でしょ?それに、うちのリーダーが翔太を抜かすなんて許さないよ」
「…そっか。俺はちゃんと必要とされてんだな」
「お前さ〜、忙しい俺らが合間ぬって会いに来てんだぞ?分かるだろ」
「深澤は携帯いじってるだけじゃん」
深澤をチラッと見ると、にや、と口角をあげていた。
コイツといる時は、涼太といる時のように穏やかで楽しい。
きっと仲は良かったのだろう。
逆に涼太はこどもの時とは違って寡黙になっていて、だけど俺のことは何でもお見通しで俺が何かを言う前に率先して動いてくれていた。
30年近く一緒にいればそんなもんか、とも思う。
「ね、翔太。記憶ってさ、意外と身体は覚えてるもんだと思うんだよ。ダンスにしろ、私生活にしろ。1個1個、段階踏んだら思い出すんじゃね? 」
「段階…って…」
「あ!照着いたっぽい!ごめん、交代するわ」
「え、あぁ…ありがとう」
携帯の通知音とともに深澤が立ち上がる。
慌てて出て行く様子からして、仕事が入っていたのだろう。
しばらくすると、再びドアが開いて、照が入ってきた。
まだ、照に対しては少しの気まずさがある。
付き合っていた、なんて言われても実感がなくて。
「よっ!体調どう?」
「おう…。まぁ、ぼちぼち?」
「起き上がれるようにはなってんじゃん。顔色も良さそう」
「ん…」
照が優しく俺を見る。
ちょっと気恥ずかしくて、ふい、と顔を背ければ、少し寂しそうな表情を向けて。
ちくりと心が痛むのは、同情でもあるだろう。
突然恋人の記憶が消えたのだ。無理もない。
しょんぼりしている照を見るのも何だかムズムズして、先ほどの会話を思い出す。
「照…、あのさ、手、握ってくれない?」
先ほど深澤に言われた段階、というのはこういう事だろうか。
メンバー同士でも手くらいは繋ぐだろうし、これくらいだったら平気だ。
そっと手を差し出すと、俺よりも太くて大きい骨ばった手に握られた。
「…なんか、逆に恥ずかしいんだけど」
照が空いてる方の腕で口元を隠した。
意外と余裕そうに見えて、慣れてないのが可愛いと思えた。
心臓がキュッとなる。
思い出してあげたい。
照を見ると、そんな思いが日に日に増してって。
「…照。前の俺は、お前とどこまで進んでた?」
握りしめた手のひらを解いて、指を絡めてみた。
びくっ、と照の手が強ばった。
そっと視線を照に戻す。
やけに周りが静かに思えて、廊下を行き交う人の会話や足音が遠くぼやけて聞こえた。
「……全部だよ」
俺を見つめる瞳が痛く刺さる。
聞いてよかったのか、なんて思いと、聞かなきゃよかったか、なんて思いが混じり合う。
「そ、っか…。俺が、抱かれてた方だよね…?」
「なに、やけに知りたがるね」
「思い出してって言ったのは照じゃん」
「ふーん?興味あるんだ?」
「別に…なく、もないけど…気になるじゃん…。男同士だし…。分かんねぇし…」
ムッと口を尖らすと、照の片方の口角があがった。
繋がっていた手をまた解いて、ギシ…と音を立てて、照がベッドに手をついた。
キスされると思って、ぎゅっと目を閉じると、耳元で照が笑う。
「……思い出したら、いっぱいしていい?」
「~~~~~ッッ!!!」
「あは、顔真っ赤」
「……ばか」
頭をぽんぽんと叩かれて、心地よくて目を閉じた。
一定のリズムが鼓動と重なって、段々と眠くなる。
すぅ、と意識が遠のいた。
あの日から、同じ夢を見る。
小さい時の記憶、涼太との記憶、その先の暗闇。
だけど照やメンバーと話すうちに、少しずつ欠片を拾い集めるようにちょっとずつ思い出すことは増えてきた。
だからと言って、思い出すのは自分の事ばかりで、メンバーの事はまだ思い出せない。
先に進んでるようで、今ひとつだ。
照が俺に向ける顔、俺に触れた手。
思い出せそうで思い出せない。
記憶の断片に触れるように、暗闇へと足を進める。
思い出せ、頼む。照の為に、アイツらのために前の俺に戻ってあげたい────。
「────ッ、は…っ!!」
目を開けると部屋は暗く静まり返っていた。
廊下の方から僅かに漏れる光で、夜だということは理解できた。
あれから本当に眠ってしまっていたらしい。
照の姿もとっくになくて、申し訳なさと、少しの安堵に息を吐く。
携帯に手を伸ばして、時間を確認したあと、ゆっくりと身体を起こして、ベッドサイドに置かれた冷蔵庫から水を取る。
冷えた水を喉に流し込んで、そのままカーテンから少し外を覗いてみた。
見慣れてるはずの街の景色も、何度見てもどこか懐かしさを感じるだけで。
街の光はまだ賑やかなのに、おれ一人が取り残されているようだった。
ズキ、と頭が痛む。
窓の縁に手をかけて、頭を抑えてしゃがみ込んだ。
まただ。思い出そうとする度に、酷く頭が痛む。
ザッと流れるように色んな記憶が混じりあって、頭を締め付けてきた。
「照……」
ぎゅっと自分を抱きしめた。
あの手で頭を撫でて欲しい。
あの香りに包まれたい。
照がいると、不思議と安心できる。
深澤が言ったように、身体はきっと覚えている。
だから求めてしまうのだろう。
あの男に愛される自分に戻りたい、と…。
「翔太、なんか顔赤くない?」
あれからまた数日経って、ようやく退院の目処がつきそうだった日に、俺は熱を出した。
連日のリハビリ、止まない頭痛、薬の副作用、疲労、色々と重なったせいだろうと医者からは言われた。
その日一番に見舞いに来てくれた照が、俺の顔を見てすぐに看護師を呼んでくれた。
外では雨も降っていて、朝から偏頭痛もあったから、何も気にしていなくて。
少しダルさはあったものの、熱が出てるとまでは自分でも自覚がなくて、病室に入ってきて早々言われた言葉に俺も驚いたくらいだ。
「…自覚ないってヤバいでしょ」
「だって…熱出てるなんて、そんな事考えてる余裕もないから…」
「焦ったってしょうがないだろ…。ゆっくりでいいんだよ」
「……俺が嫌なの…!アイツらのこと忘れてるのも…照が寂しそうな顔を俺に向けんのも…。早く、前の俺に戻んなきゃ…」
「翔太…」
じわ、と視界が滲む。
焦ったところで仕方ないのは分かってる。
無理やり思い出そうとしても意味がないのだって分かってる。
でも嫌なんだ。
疲れてるのに、時間もないのに、少しでも俺に会いに来てくれるメンバーの事を、1ミリも思い出せないことが歯がゆくて。
写真を見ても、ライブ映像やYouTubeの動画を見ても、そこに居るのは俺じゃない俺。
怖くて、不安で、仕方がない。
「…翔太、何が不安?仕事?メンバーの事?俺のこと?…全部だろうけど、一番不安なのは何?」
照がそっと手を握ってきて、優しく問いかける。
もちろん全部、全部不安だ。
だけど、俺の中で少しずつ思いが変わってきていて。
これを口にするのすら、幼稚に思えて言えなかった。
照の目に映るのは、今の俺なの…?
どっちの俺?誰と会話してる?
そんな思いがひたすら頭を廻ってる。
「…照は、前の俺じゃなくても、俺でいいの…?」
溢れ出た言葉と共に、ぼろ、と涙が伝った。
好きかどうかなんて分からないけれど、でも俺の身体は照を求めてて。
離れないで欲しい、と心が訴えている。
前の自分にすら嫉妬する自分がいる。
熱が出てるせいか、頭は余計にボーッとしていて、零れる涙を止められなかった。
俺の吐き出した言葉が意外だったのか、照は目をまん丸にして。
それからいつものようにくしゃっと笑った。
「…どの翔太でも、俺は変わらず翔太が好きだよ」
「俺の記憶が戻んなくても…いいの…?」
「翔太が俺のこと、もう一度好きになってくれるなら、それでいいよ。逆に俺は、翔太の記憶が無くなって、俺とは付き合えないって言われると思ってたから…」
確かに、言われてみれば断るという方向もあるはずだ。
男同士の付き合いも、触れ合いも、そもそも嫌悪感を抱いていないということは、それだけ身体が慣れてしまっているのだろう。
嫌だ、なんて思ったことはなかった。
それよりも俺の方が照を求めてて。
「……深澤がね、段階踏めば思い出すんじゃないかって…。こないだ、手、繋いでくれただろ…?」
「…こう?」
照の指が絡められる。
熱を帯びた身体がいつもより反応して、息があがった。
少し力を加えれば、同じように返されて。
「…俺ね、嫌だって思ってないよ。むしろ、もっと触れて欲しい…」
「っ、翔太…あんま煽んないで。熱出てんだし、頭回ってないでしょ」
照のもうひとつの手が、少し汗ばんで張り付いた俺の前髪を掻き上げる。
その手のひらの冷たさが気持ちよくて、頬を擦り付けた。
まだ繋がれている手が更に強ばって、照が唾を飲み込んだ。
「……ね、キス、してみてよ…照」
俺をちゃんと映して、今の俺をちゃんと見て。
潤んだ目で訴えた。
雨音が窓を叩いて、耳に響く。
少し薄暗い部屋が一瞬静まった。
何も言わない照の唇が、俺に近づいてくる。
触れるその瞬間まで、目で追った。
上からゆっくりと重なって、照の自重で深さが増す。
照の背中に片腕だけを回して、シャツを掴んで受け入れた。
「────ッ、ん、ふ…ぁ、照…っ」
「口の中…熱…ッはぁ…」
「んンぅ…ちょ、長…んむッ…」
俺にとっては初めてでもあるのに、初っ端から舌を入れられて、弄られて。
バシバシと背中を叩くと、ちゅ、と頬にキスを落として照が離れた。
唇を舌なめずりして、親指で拭うその仕草すら様になってるのがやけに腹が立つ。
「ごちそうさまです」
「も…調子乗りすぎ…」
「翔太に触れんの我慢してんのに、キスして、はないでしょ。煽んなって言ったのに、そんな可愛い顔で言われたら我慢できねぇよ」
「…キスしたら思い出せると思ったもん…」
「ね、ちょっと、もっかいしていい?」
顔を近づけてきた照の頬を軽く抓ると、ねーえ、と不満そうな顔をした。
その手を取って、ベッドに押さえつけられて、再び今度は優しく、触れるだけのキスをされた。
嫌じゃない、ということは、やはり俺はちゃんと照の事が好きなのだろう。
照は今のままでいい、なんて言うけれど、 だけどやっぱり俺は思い出したい。
今までの照を知らないなんて嫌だった。
ちゃんと、出会った時から今までの照が俺にくれた大切な時間を取り戻したい。
雨がより一層酷くなる。
繋がれた手は、照が帰るまで離れることはなかった。
「退院おめでとう〜!!!」
大きな花束と共に、メンバーが朝早くから病室に集まってくれた。
約1ヶ月ほど安静にしていた身体は調子もよく、あとは腕の骨折が治れば完治だ。
メンバーとの距離感も、この1ヶ月でだいぶ縮まった気はする。
それもこれも俺の為に皆が時間を割いてくれたから、俺もたくさん話をして思い出せる努力はした。
薄らと思い出せることはあっても、やはりまだハッキリとはいえなくて。
それでもこうやって向き合ってくれるメンバーたちには感謝でしかない。
「本当に、おめでとう翔太。よく頑張ったね」
「ありがと、阿部ちゃん」
「しょっぴー!俺、荷物持つよ!」
「おぉ、ラウールありがとう」
「翔太!飯食い行こーぜ!!退院祝い!深澤が用意してくれてるって!」
「え、佐久間それマジで?…ふっかさん、ほんと?」
「ほんとほんと。翔太も本調子ではないし、長居はしないでちょっとお祝いしようよ」
みんなで俺の頭を撫でたり、肩を組んでくれて、大切にされているのが身に染みて分かる。
メンバーの事も愛称で呼べるくらい、気を遣うことがなくなった。
俺にとってはコレでも十分進んだくらいだ。
ちら、と照に目を配れば、照もふっと口元を緩めていた。
病室を出て、久しぶりの外の空気をめいっぱいに吸い込む。
動けるって最高だ〜!なんて会話をしながら、マネージャーが用意した車に皆で乗り込んだ。
車内でも思い出話に花を咲かせて、デビューが決まった時に皆でご飯を食べたというところへ連れてこられた。
食べたことがあるような懐かしい味は、とても美味しく感じて。
暫く皆で盛り上がって、久しぶりに楽しい時間を過ごしていく。
「翔太、疲れてない?」
水を渡してきた照が、俺の隣に座る。
グラスを受け取った時に触れる指先ですら、意識してしまった。
あのキス以来、照から俺には触れてこない。
頭を撫でたり、少し頬に触れるくらいはあるけれどそれ以上はしてこない。
照なりに、遠慮したり我慢しているのだろう。
俺から言われない限り、手を出すつもりは無いらしい。
受け取ったグラスに口をつけて、水を飲む。
ほんの少しだけ寂しさを感じてるだなんて、口が裂けても言えそうにはない。
本当は、思い出すためなら手を出してもらっても構わない、とすら思えてるのだ。
キスをした夜、熱が出た日、あの日の夜は今まで以上に夢の中が鮮明で。
今まで感じていた恐怖もなくて、僅かに光が見えた気がした。
だからこそ、照が触れてくれるなら、思い出せるんじゃないかと期待もあるのだ。
「……照、そろそろ帰りたい」
「やっぱ疲れた?お開きにするか。帰りは送るから、待ってて」
「ん…」
照が立ち上がって、ふっかの元へ。
それから程なくして解散となった。
店の前でメンバーと別れを告げ、俺は照とタクシーに乗り込んだ。
俺の家への住所を照が口にして、タクシーが走り出す。
煌びやかな街路樹の灯りを背にして進んでいく車内は、とても静かで。
座面に置かれた手に、照の手が触れる。
指先が触れて、それからどちらともなく絡まって。
熱を帯びる。
心臓の音が伝わりそうなくらい、指が震えた。
照へと視線をあげると、真っ直ぐに俺を見ていた。
ドク、と心臓が跳ねた。
車内の暗闇に、照の目だけが光って見えて。
「……翔太…」
言葉は要らなかった。
名前を呼ばれて、それが何かを俺はちゃんと理解したから。
思い出さなくったって分かる。
お互いを求めてることを。
首を縦に振る。
絡められた照の指先が、ぎゅっと縮まった。
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しのちゃまさん、こんにちは〜!みぅです🥀 第2話、読み終わりました…。記憶をなくした翔太くんの戸惑いとか、照くんが必死に気持ちを伝えようとしてる感じ、すごく胸に響きました…。特に「どの翔太でも好き」って言われたとこ、良すぎて泣きそうになった…。最後の車内の空気感も、声に出さなくても通じ合ってる切なさが溢れてて、続きが気になりすぎます…!次もゆっくり待ってますね🌙
おその★
31,429
MIの部屋
12,559
#渡辺翔太