テラーノベル
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結び屋本部の訓練場には、朝から重たい空気が漂っていた。
床には焦げ跡。
壁にはひび。
新人隊員たちが緊張した表情で並んでいる。
その中心で、一人の男性隊員が頭を下げていた。
「……申し訳ありませんでした」
誰も声を出さない。
男の肩は小刻みに震えていた。
任務中の判断ミス。
仲間一人が重傷を負った。
結び屋では珍しくない事故だ。
だが許されるものでもない。
「顔を上げろ」
静かな声が響いた。
男が顔を上げる。
その先に立っていたのは長瀬翼だった。
白いパーカー。
強い金髪。
194センチの長身。
ただ立っているだけなのに圧迫感がある。
第一部隊隊長。
そして現代最強能力者。
長瀬翼。
「…失敗した理由は」
翼が問う。
「……敵を甘く見ました」
男が答える。
だが翼は首を横に振った。
「違う」
訓練場が静まり返る。
「お前は仲間を信じなかった」
男が息を呑む。
「一人で片付けようとした」
「それは……」
「違うか」
答えられなかった。
翼は静かに続ける。
「結び屋は一人で戦う場所じゃない」
誰も口を挟まない。
「お前の失敗は判断じゃない」
翼は真っ直ぐ男を見る。
「仲間を頼らなかったことだ」
男はしばらく黙っていた。
やがて小さく頭を下げる。
「……はい」
翼はそれ以上責めなかった。
「次は同じ失敗をするな」
「はい!」
男の返事が響く。
翼は頷いた。
「以上だ」
その一言で張り詰めていた空気が少し緩む。
隊員たちもほっと息を吐いた。
その時だった。
訓練場の扉が勢いよく開く。
「翼ー!」
全員が振り返る。
紫色の長い髪。
黒いパーカー。
長瀬ゆきだった。
訓練場が凍りつく。
翼のこめかみに青筋が浮かんだ。
「ゆき」
「なに?」
「ここは?」
「訓練場」
ゴン。
鈍い音が響く。
「いったぁ!?」
ゆきが頭を押さえた。
隊員たちが目を見開く。
「ここでは隊長だ」
翼が言う。
「だって翼じゃん」
「隊長だ」
「翼」
「隊長」
「翼」
「隊長」
「ケチ」
「誰がだ」
翼は呆れたようにため息を吐いた。
隊員たちは状況についていけない。
さっきまで厳しく訓示をしていた隊長と同じ人物には見えなかった。
「何の用だ」
翼が聞く。
ゆきは思い出したように口を開く。
「あ、ボスが呼んでたよ」
「今か?」
「今」
翼は額を押さえた。
「……分かった」
そう言って歩き出す。
ゆきも当然のようについていく。
数歩進んだところで翼が振り返る。
「解散」
隊員たちは慌てて敬礼した。
「お疲れ様です!」
翼とゆきの姿が廊下の向こうへ消えていく。
しばらく沈黙。
やがて新人の一人が恐る恐る口を開いた。
「今の人……隊長を呼び捨てにしてましたよね……?」
先輩隊員が苦笑する。
「ああ」
「いいんですか?」
「良くはない」
「え?」
「だから毎回殴られてる」
周囲から笑いが漏れた。
新人はぽかんとする。
「でも怒られないんですね」
その言葉に先輩隊員は少しだけ笑った。
「隊長だからな」
「?」
「妹には甘いんだよ」
新人は納得したような、していないような顔で廊下の方を見た。
その頃。
廊下を歩くゆきはまだ文句を言っていた。
「普通げんこつする?」
「する」
「しないよ」
「する」
「横暴だ」
「隊長だからな」
「だから翼じゃん」
翼はまたため息を吐いた。
けれど、その表情はどこか少しだけ柔らかかった。
コメント
1件
うわあ、第19話、すごくかっこよかったです……! 厳しくて冷静な隊長・翼さんが、妹のゆきちゃんにはもう完全に振り回されてるところがたまらないです。「枠組み」って感じがしました。あの緊張感のある訓練場の空気から、一気に日常の空気に戻る切り替えが鮮やかで、読んでてほっこりしました。隊員たちの「妹には甘いんだよ」の一言が全部を物語ってますね。