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“ーーっ!?
『なんだっ!? 寒気……?』
その時、シン以下軍団員の誰もが気付いた。それは背筋が凍る様な悪寒。
シンはその三人では無く、その先を見据える。視線の先に在る、歩み寄る一人の人物。
白銀髪が煌めく、一際異質な白き象徴。
「…………」
軍団員の誰もが、その姿に呆気にとられたかの様に声が出ない。
その張り詰めた空気が支配する中、シンは既にサーモに依る測定を行っていた。
「侍レベル……五だと?」
余りに異質な雰囲気を漂わせながら、常人並に低いレベル。
「違うな……これは、フェイクモード」
シンはすぐに、その対比に理解出来た。
“フェイクモード”
レベル上限を超えた“臨界突破者”の、通常時に於ける形態総称。
臨界突破者はほぼ例外無く、その真の力を通常時に於いて発動する事は無い。
狂座に於いては、サーモが常に裏コード移行を防ぐ意味合いもある。
特異点に於いては、レベル偽装に依る油断を突く意味合いと、その力の流出を防ぐ為。そして形上、常人として振る舞う意味合いもある。
共通しているのは、臨界突破者は擬態の意味合いも含め、誰もが己の精神にバリアを張る術を心得ている。
これによりその真の力は、通常時に於いて外部に漏れる事は無い。
「特異点か……」
“資料では知っていたが、まさか本当に餓鬼だったとはな……”
シンは玉座に居座ったまま、ゆっくりと歩み寄るユキを見据えて思考を施す。
実際に見るまでは、俄に信じ難い事実。
“――アザミや一番、二番が殺られたそうだが、油断したな馬鹿共が”
「フフフ、面白い!」
シンはまるで、千載一遇の好機を得たかの様に笑う。
レベル的には及ばない筈だが、シンの不敵な迄のその自信。
「ヒッ!」
歩み寄るユキの得体の知れぬ雰囲気に、軍団員達は潮が引く様に道を空ける。
玉座に居座るシンの前で、ユキは歩みを止めた。
対峙する二人の距離、約一間少々(約2m近く)にまで詰まっていた。
「何故、このような無意味な殺戮を?」
ユキは玉座に居座ったままのシンに、その真意を問い質す。ただその口調は穏やかで、怒気は含まれてはいない。
あくまで冷静そのもの。
「何故? 只の暇潰しに理由なんてあるのかい? 強者が弱者を蹂躙し、弄ぶのは自然の摂理だよ特異点君」
強者は弱者に対して何をしてもいい。即ち弱肉強食の摂理。それが当然とでも言わんばかりに、シンはユキにそう返した。
“弱き者は強き者の糧となれ”
シンの言葉の意味に、ユキはふとシグレの事を思い返し微笑する。
「確かにそうですね。アナタ方狂座が何をしようと、私の知る処ではなかったのですが……」
ユキの視線は辺りを見回す。
理不尽なまでに虐げられた者達。その魂の慟哭を。
「だが、少々気分が悪い」
ユキのその口調には、今度こそはっきりとした怒気が含まれていた。
「フフフ」
シンは玉座に居座ったまま、右手を左手に持つ鞘の柄に添える。
何一つ不自然さを感じさせない、ただ柄に手を添えただけの行動。唯一、“ヂャキン”という不協和音のみが響いた。
“ーーっ!!”
次の瞬間、空気が切り裂かれる様な、もしくは破裂するかの様な形容し難い音が確かに聴こえた。
「何っ!?」
シンはその場から、一切動いてはいない。
ジュウベエはその異変に、思わず目を見張った。
『いつ……抜いた? 全く見えなかった……』
それもその筈。ユキの頬から伝う、一筋の赤い雫。よく見ると頬のみならず、腕、足の数ヶ所が赤く滲んでいた。
ジュウベエさえも気付かなかった。何時の間にかユキが斬られていた事に。
「ホウ? 顔色一つ変えぬとはな……」
微動だにしないユキに、シンは感心した様に呟く。
ユキの傷自体は対した事は無い。あくまで掠めた程度の掠り傷。
シンにとっても先程の抜きは、彼の底を探るにも等しい戯れの一撃に過ぎなかった。
「流石は特異点と云った処か……。面白い!」
これまで頑として、玉座に居座ったままだったシン。戸惑いさえ見せないユキに、感じるものがあったのだろう。漸く玉座から立ち上がり、左手に刀を携えながらユキを見据えていた。
「ユキヤ、まずいぞ! あの抜きの前に真っ正面からでは……」
ジュウベエがその危険性をユキへと忠告する。
同じ臨界突破者同士の闘い。その領域ではレベル差があったとしても、何が起こるかは常軌を逸している。
ましてや特異点も生身の身体。あの不可視の抜きの前では、力を発揮する前に決まってもおかしくは無い。
「問題無いですよ。すぐに……終わる」
ユキはジュウベエの声に振り向く事無く、シンのみを見据え呟いた。その頬から滴る、赤い雫を拭う事も無く。
「ユキ……」
ユキの負った傷。掠り傷で大した事が無い様に思えるが、それはシンの抜きに反応出来なかった証でもある。アミの心配と不安は拭えなかった。
「すぐに終わる……か。フフフ、ハッタリでは無い事は分かる」
そう。シンは理解はしていた。
自身とユキとの間には同じ臨界突破者でも、かなりのレベル差が在るだろう事を。
「だが……私の太刀筋は見切れないんじゃないかな?」
そしてレベル差に関係無く、この勝負が一瞬で決まる事も確信していた。
それは己の揺るぎない勝利を。
「…………」
誰も声を出す事が出来ない。
対峙する二人の“間”に、独特の空気が張り詰めていく。
“カチン カチン”
シンの持つ刀から聞こえてくる異音。
左親指で鐔を弾き、鞘と刀身が擦れ合う時に生じるその断続的な音のみが、この沈黙した空間を奏でていた。
“カチン”
“カチン カチン”
『…………ゴクン』
“カチカチン”
“カチッ”