再会の伊勢
乱闘が始まって暫くすると、初め劣勢だった人足達も徐々に勢いを取り戻して行った。
志麻が一人二人と打ち倒して行く度に、その勢いは強まった。
侍側が浮き足立って来た頃、ボートが桟橋に着いた。真っ先にボートから飛び降りたのはお紺だった。
「志麻ちゃん、助けに来たよ!」
「お紺さん!」
信じられないと言った顔で志麻が振り返った。ちょうど打ち掛かってきた敵を往なしたところで、刀の棟で一撃をくれてお紺に駆け寄った。
「どうしてここに?」
「説明は後!助っ人を連れて来た!」
ボートから飛び降りた若者達が乱戦に飛び込んで行くのが見える。
「あ、新手が来たぞ!」侍側に動揺が走る。
「ど、どうしますか半次郎殿、このままでは全員やられる!」
「くそっ!退却だ、みんな逃げろ!」
あっという間に浅田の弟子達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「へん、ざまあみやがれ!一昨日来いってんだ!」褌の人足達が侍の背中に罵声を浴びせている。志麻は刀を鞘に納めてお紺と向き合った。お紺が志麻の手を取って言った。
「志麻ちゃん無事で良かった」
「お紺さん・・・」志麻はお紺がなぜ此処に居るのか理解出来ないでいる。
「お紺さん、その人が志麻さんか?」坂本がそばに来て訊いた。
「そうです」
「お紺さん、この人は?」
「志麻ちゃん、この人はあの黒船の坂本さん」お紺がいろは丸を指さした。
「えっ!じゃあ、あなたが坂本龍馬殿?」
「ああ、いかにも坂本龍馬じゃが?」怪訝な顔で坂本が頷いた。
「あの、これ・・・」
志麻は懐から右京から預かった書状を取り出して坂本に手渡した。坂本は書状の裏を返すと志麻の顔をまじまじと見た。
「あんたがもう一人の客人やったがか・・・」
*******
「そいにしても奇遇じゃ、まっことこがいなことがあるんじゃのぅ・・・」
「あっちもまだ夢を見ているようですよぅ、こんなところで志麻ちゃんにまた会えるなんて」
「私の方こそびっくりだわ、いきなりお紺さんがボートから飛び降りて来るんだもの!」
船長室のテーブルに向かい合って、それぞれが驚きを口にした。
若者組はここには居ない。船が出航したためそれぞれの持ち場に戻されたのだ。関も今井も高松も歳が近い故か志麻に興味津々だった。尤も、その剣技に驚き質問攻めにしていたのだが、志麻が困っているのを見兼ねた坂本が出航を理由に追い払ったと言った方が当たっている。
「しかし、津藩の奉行からの書状を見ると、我々に津港の使用を許さなかったのは佐幕派の家老だと言う事ですな。藩内が大きく二つに割れている所為だとか・・・」船長の千屋が言った。「志麻さんの存在が混乱を大きくする恐れがある為、一時的に江戸に逃したいと書いてある」
「まことにご迷惑をおかけいたします」志麻は坂本と千屋に頭を下げた。
「いや、そいはかまん。藩の政争に婦女子を巻き込むのは男らの横暴じゃき。じゃけんど、どの藩も御家の事情は似たり寄ったりじゃ、国中が二つに割れていると言っても過言ではないきに」
「あの、父や兄の話では、話はもっと複雑だと言っておりましたが?」
「ほう、なんと申しておられた?」
「勤皇派も佐幕派も攘夷一辺倒だが、そんな事で小競り合いをしている時では無い。攘夷などやめて日本を世界の一等国の仲間入りをさせる事が急務だ・・・というような事を言っておりました」
「そん通りじゃ!」坂本はドン!とテーブルを叩いた。「わしが日本を『せんたく』せんならんと思うちゅうが、そん事ぜよ!」
坂本の熱に驚いて志麻もお紺も目を丸くしている。
「い、いや、つい興奮してしまったぜよ・・・ともかく、二人は無事江戸に送り届けるき、安心しちょってよか」
「よろしくお願い致します」
志麻とお紺は改めて礼を言うと、あてがわれた船室へと引き移った。
「しっかし、二人とも驚くべき女傑じゃ・・・」
「そうですな、特に志麻という娘の剣の腕は並大抵では無い」
「千葉道場にもあの娘に太刀打ちでくっ者はそうはおらん」
「坂本さんでも・・・ですか?」
「ふふふ・・・さて、どうじゃろか?」
坂本は、志麻とお紺の出て行ったドアに、改めて眼を遣った。
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