私の実力不足で、私の部下管理が甘かったせいで。 私が妖術師を殺せなかったせいで、大切な人を守りきれなかったせいで。私が―――、 私が、私の手で沙夜乃様を殺してしまった。
「そんな事は無い。君と敵対関係にある私が言うのはアレだけれども、君は最後まで空間支配系統魔術師の力になっていた」
黙れ、私は途中で気絶して役に立てなかった木偶の坊だ。知ったように口を聞くな。
「彼……妖術師も、君が居なければ沙夜乃相手に苦戦することはなかっただろう。結果はどうあれ、妖術師と少しでも接戦に持ち込んだのは君が居たからだ」
良く口が回る男だ。遠回しに沙夜乃様を侮辱するその言い方、腹立たしい、腹が立つ、今すぐにでも殺してやる。
「………そうかい、殺されるのは御免だよ。暫く落ち着いたらまた様子を見に来るよ」
二度とその顔を見せるな。
「厳しいなぁ……、私的には仲良くしたい所なのだがね」
そう言って、惣一郎と名乗る錬金術師は病室から姿を消した。 五月蝿い奴が何処かへ行った。
これで静かな時間を再び得られる。 ………けれど、やっぱり一人と言うのはいつになっても慣れない。
沙夜乃様がいつも傍に居てくれた。私が一人の時も、私が失敗を犯した時でさえ、私を見捨てなかった。
そんな私の全てである沙夜乃様が、昨日死んだ。
私の幸せが、私の希望が一瞬にして……潰されて、砕かれた。私の大事な人物が、たった数時間で殺された。
「……っあ”あ”あ”あ”……ぅあ”あ”!!」
守れなかった、傍にずっと置いてくれていたのに。唯一信頼してくれていた私が、守ることが出来なかった。
胸にぽっかり空いた穴が、塞がらない。
塞がることは無い。
もう、失ってしまったから。
それから私は何時間も泣き続けた。惣一郎が来ようと、医者が入って来ようと、私は泣き続けた。
「……空間支配系統魔術師について、もっと詳しく教えてくれるかい?」
「………嫌よ」
それでも惣一郎は鬱陶しい程に、私に話し掛けてくる。
「結局、空間支配系統魔術師の目的は何だったんだい?」
「………黙れ」
幾ら追い返しても、どれだけ言葉で噛み付こうとも、惣一郎は病室へと足を運んだ。
「……お願いだ、聞かせて欲しい。空間支配系統魔術師――― 沙夜乃の目的は一体?」
私はいつまでも沙夜乃様の味方だ。けれど、沙夜乃様はもう死んでしまっている。
言ってしまっても良いのだろうか。沙夜乃様が私だけに教えてくれた事実を、ぶちまけてしまっても良いのだろうか。
言えば、この男が此処に来ることは無いはずだ。
「……沙夜乃様は―――」
でも、言ってしまえば、私だけに向けてくれた言葉が、私のモノでは無くなる気がする。
それでも、その言葉を口にすれば、また沙夜乃様を思い出せる。
私は無意識的に口を開き、惣一郎に全てを話してしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「―――そうだね、錬金術師。君はもう、戻れない」
彼女とは違う部屋に一つ。 一冊の本が陽炎の様にユラユラと揺らめいている。
その本は果たして、妖術師の蔵から持ち出された妖術の書なのか。それとも元から惣一郎が所持していたただの雑誌なのか。
―――或いは、別の物語が綴られた本なのか。
先程も言った通り、この部屋にはもう誰も居ない。誰も戻らない。戻ることは出来ない。
「報告書には記入するとして……問題などうやって妖術師に伝えるか、だな。本人は空間支配系統魔術師を殺したことに対して責任を感じてしまうかもしれない……」
その本とはまた別の書類にペンを走らせ、聞いた内容と当時の出来事を鮮明に思い出して記している。
妖術師が責任を感じる、か。そうならないように精一杯の努力はする。だが、私に妖術師の心の中を全て知り尽くす事は出来ない。
「………そのままを伝えるのが、一番良さそうだね」
陽炎の如く揺らめく一冊の本を手に取り、私は席を立つ。半開きのドアを片手で大きく開いて廊下へと歩き出す。
彼女が療養している部屋の前を通り過ぎ、私は奥の別室で待機している妖術師の元へと向かう。
空間支配系統魔術師の事については未だ不明な箇所が多く、その全ては分からない。 それでも私は、語らなくてはならない。語る義務がある。
「すまないね、待たせてしまったかな」
勢いよく扉を開けると、壁にもたれかかっている妖術師が一人。彼に情報を伝える役目は、私だけにしか出来ない。
部屋の中を進み、私はいつも座っている席へと向かい、腰を下ろす。同時に妖術師もソファに座った。
―――彼女から聞いた全て、これからの事について。私は口を開いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!