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舞台は移り変わり、京都の清水寺へ。
と言っても、俺達が集合場所に指定していたのは清水寺の敷地内では無く、その周辺のこじんまりとした飲食店。
俺達は移動開始から数十分後に到着し、店の前で腕を組みながら佇んでいる惣一郎へと声を掛けた。
「惣一郎さん、お久しぶりです」
「空間支配系統偽・魔術師の討伐後以来だね。話は全て晃弘さんから聞いている、話したい事は沢山あるけど、少々省いて状況を説明するよ」
やっとの思いで惣一郎と合流出来たが、惣一郎の表情は硬く、何やら言い難いことがあるように見える。
「まず一つ目、君の師匠でもある『間藤』が亡くなった。Saofaがテロ組織とマスコミに虚偽密告をした後、行方不明になり、そのまま路上にて彼の死体が発見された」
間藤の死は、既に知っていた。遡行前に魔術師が言っていた通りに死んでいるのはわかっていたが―――、
「…………師匠が、Saofaを裏切った?」
惣一郎が語った衝撃の事実を、俺は知らない。
確かSaofaの指揮権は惣一郎から間藤へと移り、魔術師討伐作戦の第一人者としてチームを率いていたはずだ。
そんな間藤が、自らのチームであるSaofaを裏切り、死んだのだ。
「Saofaから消えたその日に、彼は新しい組織を設立した。………君も既に聞いたと思うが、魔術師が集う組織『ATG』だ」
ATGを自身で設立し、そのチームを間藤は集めた。 ………となれば、遡行前に魔術師が言っていた「邪魔」とは一体何なのか。
Saofaを陥れ、敵対組織を作り出した間藤は、あの魔術師からすれば協力関係に近い存在であり、大事な存在だ。
なのに何故、魔術師は彼を殺した。
ただ信用に欠けていた、生かす必要が無くなった。といった可能性もあるが、何かピンと来ない。
一体なにが、俺をここまで不安にさせる。
「次に二つ目、京都の魔術師は二度目の大規模魔法を発動させる為の準備をしている。京都で発動させるのか、それとも別の場所で発動させるのかは分からない」
二度目の大規模魔法の発動は『未来視』で、準備については、空間支配系統魔術師『沙夜乃』との戦いで気付いていた。
調査報告にも 、沙夜乃達が東京大規模魔法と同等の魔術を扱おうとしたと記されている。
「どうやら発動には時間が掛かり、その分の供物や物資が必要になるらしい。その物資運搬の要となる拠点が、ここ『京都』にある」
妖術師である俺たちが場所を嗅ぎつけ、運搬の阻止を行うと見越した魔術師側は、既に京都全般を守備している魔術師、偽・魔術師などを管理する魔術師を分けて配置したのだろう。
俺の前に現れたアイツは、確実に京都の魔術師じゃない。京都で運搬を行うと言うのに、その作業ごと消し飛ばしたんだ。
「最後に三つ目だ。君を除いたSaofaチームのほぼ全員が拘束され、その機能を完全に失った。必然的に、魔術師討伐に必要な援助が完全に断ち切られた」
Saofaを管理する建物に捜査が入り、メンバーの大半が拘束されて非常に危ない状況のようだった。
京都には魔術師が二人。厄介な偽・妖術師に大量の偽・魔術師。そして、俺たちを狙っているATG。
それに比べ、妖術師に錬金術師が二人。創造系統偽・魔術師と氷使い。どう考えても、圧倒的に不利だ。
「組織のトップが裏切り、メンバーが一人のみ。………なら、私が代理としてリーダーになるしかない」
そう言って惣一郎は店の扉を開き、ツカツカと靴音を立てて店内へと歩いて行く。
俺と創造系統偽・魔術師も続いて中に入り、ゆったりとした雰囲気を残した店内で、椅子に座っている人物に目を移す。
「故に、今この瞬間から晃弘、氷使い、創造系統偽・魔術師の三名。私と妖術師を含む全五名を『Saofa』の新メンバーとする!!」
背を向けていた惣一郎が振り返り、その先には席に座っていら晃弘と氷使いが居た。
この時、この瞬間を以て。妖術師サイドの仲間全員が集まり、新たなるチームの結成となった。
俺たちは互いに顔を見合わせ、その眼差しに熱き闘志を燃やす。
これから始まるのはただの戦闘では無い。
神と呼ばれ次元を超越した存在、無差別殺人の主犯格である魔術師。妖術師を騙る一流の剣士に記憶ごと抹消可能な偽・魔術師。
これまでの戦いを遥かに超える難易度、正に大戦。
「勿論、この戦いが終わった後に給料はちゃんと出すさ」
惣一郎の一言で殺伐とした、緊張した空気が緩み、氷使いと晃弘の顔が笑みに変わる。
何だか先程までのかっこよさが崩れてしまったが、俺たちの士気が下がることは決して無い。
己を上回る実力者が集う魔術師集団との戦い。京都の魔術師とは未だ邂逅さえせず、魔術師相手だと二度も『遡行』という形で敗走してしまった。
対処法も何も無い状況。それこそ今回の大戦で生きて帰れるがどうかは分からない。
それでも、
「それでも、俺は……戦う」
俺に出来るのは、戦うことだけだ。
魔術師を殺す妖術師として、亡き父親の遺志を継ぐ者として。俺は最後の最後まで戦ってみせる。
そうして『岩融』を握りながら呟いた俺を、氷使いは何も言わず、ただ無言で見つめていた。
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二度目の遡行から30分が経過。
Saofaの新メンバーとなる五人は、 それぞれ互いに持ち合わせている情報を交換しつつ、近い内に敵対する魔術師の対策を考えていた。
「以上が、今この場で出された情報の全てだ。これ以外に何か情報があれば直ぐに出して欲しい」
机に広げられた京都の地図。その一箇所、俺たちのいる場所に五つのコマが置かれる。 俺、惣一郎、晃弘、氷使い、創造系統偽・魔術師の五人だ。
「情報一つで一気に戦況が変わるかもしれない。憶測でもいい、京都内の魔術師の事を」
―――俺はここで、一滴の汗が頬を伝う。
あぁ、あの魔術師。『コズミック・ウェブ・バースト』を放った神々を扱える魔術師を、俺だけが知っている。
なにせ『遡行』前の出来事。今回は速攻で偽・妖術師を戦闘不能にして惣一郎達と合流したんだ。俺だけが知ってて当たり前だ。
別に、今俺が考え込んでいる理由が「出会ったのは『遡行』前だからあの魔術師を知ってておかしい」なんて話じゃない。
そう、 「もし今この瞬間、 この場所のどこで魔術師が聞いているか分からない」って事だ。
正直、作戦会議が全て聞かれていても、情報がどれだけ筒抜けになっていても構わない。………いや、少し困るけれども。
何よりも相手に知られたくないのは、俺の『遡行』だ。
もし、もしもだ。あの魔術師に『遡行』の能力が伝わるとしたら。確実に先潰しの手段を取るに違いねぇ。
どうする。魔術師側の聞く耳を恐れ、ここで『遡行』とあの魔術師の件を伝えずに対策を立てるか。
いやしかし、京都の戦いであの魔術師と戦闘になるのは確実。策が無い状態で戦えば100%負ける。
―――話すべきか、話さないべきか。
最初の頃は、少なからず惣一郎に疑いの目を向けていた。故に、『遡行』を伝えず、何度も繰り返し戦っていた。
だが今は違う。惣一郎に会って話した際、シロなのは確定した。それは他の三人も同じ。
既に知っている氷使い、晃弘以外に『遡行』を伝える準備、環境はもう揃っている。
「………終わり、でいいのかい。」
どうする、どうする。早く言わないと惣一郎が作戦会議を始めてしまう。
言うべきか、言わないべきか。その判断は、俺にしか出来ない。
考えろ、考えろ考えろ。
「―――私は読心術を取得した覚えは無いし、千里眼で心を読むことも出来ない。ただ、君が何かを伝えたいと言う気持ちは汲み取れるさ」
その声と同時に、俺たち五人を包み込むように。少し狭めのかまくらに似た氷の壁がこの場にいる五人を囲った。
勿論、この中で氷が扱えるのはただ一人。氷使いだけだ。
「これは………防音性に特化した氷の壁かい?」
「あぁ、これを作り出すのに結構苦労したのさ。何せ大事な大事な話がある妖術師のためだからねぇ」
氷使いはウインクをして俺に「今しかない」とでも言いたそうな合図を送る。 ………こいつには助けられてばかりだな。
氷が消滅するまでざっと五分。長いようで短いその時間で、俺は今まで『遡行』で体験した内容を、全て、話す。
「―――情報なら、まだある。それもとびきり重要で、この先の戦いで確実に役立つモノが」
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「………そうか、君はあの日から。そうか、そうだったのか。だからあの時、君がいれば全部上手くいくと思えたのか」
俺の『遡行』を聞いて、惣一郎は口元に手を置いて喋り始めた。
「………君がどれだけ、幾度の戦場を超えて私たちを救ってきたのかは分かった。まずは感謝を、君の手助けをすると誓ったはずの私が、まさか救われる側だったなんてね」
惣一郎は俺に頭を深々と下げ、数秒後に上げて続けて話を続ける。
「けれど、私は『遡行』を経験してきた君に伝えなくてはならない」
その言葉に、俺は体が強ばる。「実は全て無意味でした」とか「その行為は私の邪魔だ」とでも言いそうな雰囲気ではある。
怖ぇ、俺の『遡行』を知った時、周りがどんな反応をするのかが、俺は気になる。気になると同時に、怖い。
「………もし君の『遡行』を手に入れたのが一般人なら、最初の『遡行』もしくは三度目辺りで精神的な限界を迎える。下手すれば二度と動けなくなったり、そのまま何度も自らの手で『遡行』を繰り返す事になるだろう」
「しかし君はどうだ。話を聞く限り、君は死して戻る行為を『遡行』と名付け、自らを犠牲にして解析を急いだ。そして先々の戦いで『遡行』を、死を繰り返していた」
惣一郎の言いたい事、次に言うであろう言葉はもう浮かんでいる。
これを実際に言われれば、 俺は多少ではあるが心に傷を負うと同時に、「確かに」と納得してしまう。
そして、次に惣一郎が言うべき台詞は。
「―――単刀直入に言って、君は狂っている。妖術師とは言え、心は人間同様。それでも君は、死を受け入れ、『遡行』を一つの手段と認めている。これは十分に狂人だ」
確かにそうだ、 俺は狂人だ。普通の人間がここまで何回も死んで耐えられるはずがない。
自分でもわかっていた。『遡行』を繰り返す度、明らかに自身の死に対しての認識が薄れて行く。
そこに恐怖は無い。そこに焦りもない。
どうせ何をしてもこの先で『遡行』は確実にする。なら死を怖がる必要はない。
「………そうだな、俺は狂人だ。最初と違い、今の俺は『遡行』を………死を、必要な手段だと思っている」
「もしこの中の誰かが死ねば、俺は死を選ぶ。もし戦いで詰みが確定すれば、死を選ぶ。それほどまでに、俺はおかしくなってんだよ」
おかしくても、狂人でも、なんと言われようと俺は『遡行』をするしかない。
雅人、 偽・妖術師との戦いで『遡行』を控えるとは言ったが、そりゃ今になっちゃ無理な話だ。
「………そろそろ氷が消える時間だ。妖術師の『遡行』はここから先、発言禁止となる。だからその前に言わせて欲しい」
「私はこれ以上、君に『遡行』の回数を増やさせたりはしない。全力で、死を回避させてみせる」
氷が完全に消滅し、俺を指さしていた惣一郎は元の位置へと再び戻った。 ………『遡行』を増やさせない、 果たしてそれが本当に出来るかどうか。
神のみぞ知る、だな。
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「………妖術師の情報で出たもう一人の妖術師か。あぁ、わかっている。とても厄介な事に違いは無い」
惣一郎はコーヒーが入った紙コップをテーブルに置き、俺の話した内容をメモ用紙に長々と書いていた。
大まかな共有が終わり、書き終わったメモを惣一郎は見つめて考える。だが数秒後にはペンとメモ用紙をポケットにしまってこちらを向いた。
「全員の共有が済んだ以上、ここからは京都の奪還に向けた対抗策を組むとしよう」
そう言った惣一郎は先程のメモ用紙とはまた別の、大きなファイルに挟まれた紙を取り出し、そこにスラスラと文字を書き始める。
「最初に、京都を囲む様に集まる偽・魔術師についてだ」
既に広げられている地図 に大きな円を描き、その周囲にプラスチック製の黒いコマを配置する。
恐らく大きな円が京都を表す絵であり、プラスチック製の黒いコマは人間、またはそれに似た生命体を模しているのだろう。
「数時間単位で偽・魔術師達は京都の内側へと進行を開始している。まだ捕らえられてないSaofaのメンバーを零さず拾い集める為だろう」
直接的な攻撃、その周りとなる一般の人間にメディア。魔術師一派は、Saofaの組織メンバー達を利用して俺たちの逃げ場を無くしている。
現にこの少し狭い店で集合し、五人で組織メンバーを組むしかない程に追い詰められている状況だ。
「そこで、だ。まだ捕まっていない術師に協力を呼びかけ、逆に偽・魔術師達を囲み、外側と内側から一気に崩壊させる」
魔術師を殺せるのは妖術師のみ。だが、命を奪えないだけであり、他の術師が肉体的な損傷を負わせることは十分に可能。
術師を総動員させ、油断しきった魔術師と俺たちの立場を逆転する。それが惣一郎が考えた作戦。
「でも、それには一つ問題点がある。他の術師が、メディアや人々の目に晒される事を嫌がる輩が少なからず存在する。彼らの様に人目を恐れて協力してくれないことも有り得るんだ」
もしそうなれば作戦は当然、失敗で終わり、俺たちは全滅する。
まだ『術師』の存在があまり知れ渡っていないこの社会で、自ら術師と名乗りSaofa協力に命を賭ける人ほぼいないだろう。
「誰一人集まらない、なんて事はないだろうから安心してくれ。なにせ君に助けられた術師は沢山いるんだ、命の恩人を見殺しにする術師なんて居ないはずだよ」
「それに、協力要請は私に任せて欲しい……少々昔ながらの伝があってね。日本最強と唄われる錬金術師として、助っ人を大勢集めて見せるさ」
元々、集まるであろう人数が10、20人程度の所を惣一郎の人脈で増やしてくれるって言ってるんだ。―――ありがたい限りだ。
これで偽・魔術師の包囲網に、術師の招集の件はどうにかなると分かった。 次は魔術師。京都と、あの魔術師についての話で違いない。
「次に、魔術師の対策だ。既に妖術師は別の魔術師……ここでは『不明の魔術師』と呼称し、彼はその不明の魔術師と接触を果たしている」
「扱う魔術は不明、この場合は対策の立てようが無い。だが、大技と思われる『コズミック・ウェブ・バースト』を保有しているのは確かだ」
地球上の生物を全て死滅させ、俺を『遡行』に追いやった技の一つ。最終裁断神聖機関コズミック・ウェブ・バースト、 不明の魔術師が放った大技だ。
アレを見ただけでは不明の魔術師がどのような術を使い、どのような攻撃をするのかは全くと言っていいほど分からない。
「不明の魔術師は『コズミック・ウェブ・バースト』は一度放てば全生物を消滅させる威力を持つ。妖術師との戦闘になり、自身がピンチになれば絶対につかうはずだ」
「ならば、『コズミック・ウェブ・バースト』を使う前に仕留める。それが一番の最適解となるだろう」
惣一郎は二つのコマを持ち上げ、不明の魔術師と書かれたコマの近くにソレを寄せる。
二つのコマの形は細長い棒を持っているモノと、腕部分 に手袋を付けているモノ。それは 言わなくても、一目で分かる。
不明の魔術師と接触し、もし瀕死となっても『再構築』が行える創造系統偽・魔術師。『七つの罪源』でバフ、デバフを付与し徹底的にサポートへと回れる惣一郎。この二人のコマだ。
「私と創造系統偽・魔術師が、不明の魔術師に接触を試みる。対話が可能なら私が、戦闘になれば創造系統偽・魔術師の武器がある。十分な情報は持ち帰れるはずだ」
確かに話術、戦術で言えば惣一郎と創造系統偽・魔術師の二人は適任。俺以上の成果を見出す事が出来るだろう。
だが一番の懸念点は、不明の魔術師と協力関係にある偽・妖術師。
彼は抜刀した刹那、生命の在り方を覆す程に強力な攻撃を繰り出し、忠誠を誓った不明の魔術師の下僕として動き続けている。
不明の魔術師と偽・妖術師。究極の技を持ち合わせる敵を相手するとなればもう一人、戦況を覆せるコマが欲しい。
「待った、本当にその二人で戦うつもりかい?妖術師の話を聞く限り、偽・妖術師となる人物とも戦闘になる予感がするね」
氷使いが自身のコマを指先で摘み、惣一郎と創造系統偽・魔術師のコマがある場所へと置いた。
「………何のつもりかな」
惣一郎の一言で空気が張り詰め、俺と創造系統偽・魔術師は固唾を呑む。
あの、惣一郎の表情。冷静さを保ちつつ、問題ないような真顔のまま。
でもその顔の裏には、何か別の感情が乗っているように思える。
「見たままだよ。君と創造系統偽・魔術師の二人だけだと勝率は極めて低い、なら私が同行すべきだ」
「………魔術師に進化した事による慢心か、それとも何か別の目的があるのかい?どちらにせよ、偽・妖術師と戦う場面になれば君の天敵になり得るかも知れない。却下だ」
両者互いに意見を譲らず、氷使いと惣一郎の視線がぶつかる。
先程、惣一郎が氷使いに向けた感情は『心配』だ。ここで氷使いを失えば、今後の魔術師討伐に支障をきたす。
千里眼持ちに魔術師へと進化した一人となれば尚更、死なせる訳にはいかない。
それを考えた上で、惣一郎は最初の提案を………、
「………話の腰を折るようで申し訳ないが、千里眼で誰がどこに現れるとか分からないモノなのか?」
そう、千里眼。氷使いは未来視を保有している。
俺と似た性能ではあるが、根本的な何かが違う為、不明の魔術師が言う『共鳴』は反応しない。
氷使いの千里眼は一場面のみを脳内に映し出し、それを元に数秒前、数秒後の未来を視ている。
簡単に言えばビデオの巻き戻し、早送りと同じ。決められた一点から前、後ろにしか進まない。
「分かる、分かるけれど。残念ながら、決定的な未来を変更する行為は禁忌を破る事になって罰を受ける。助言したいのは山々だが、私にできるのは見届ける事だけさ」
禁忌、か。
同じく未来視を保持する身として、その辺については知っておくべきなのだろうが、俺は『禁忌』を犯した事による罰の内容を知らない。
「………その罰ってのは?」
「人によって変わる、てしか言えないね。私なら一点から前後が大きければ大きいほど、寿命が縮む程度だ」
「………寿命が縮む程度って、そんな軽く言うことじゃないだろ」
氷使いの場合、禁忌を犯した罰は『寿命の減少』。説明の通り、未来視で視た地点から前、後ろの進みが大きいほど減る量は増加する。
なら、俺の場合はどうなる。罰は何だ。
幸い、俺は仲間たちに『未来視』の内容をひとつも話していない。故にこれまでに罰と呼べるモノは何一つ味わっていない。
………氷使い同様、寿命の減少の可能性は高い。近しいものとして、 妖術の代償で『寿命』が削られる術は幾つか存在する。
それほどに命は価値があるモノであり、失う事に対しての恐怖感で使用を制限しようと思えるのだ。
「………それで話を戻すとして、氷使いの同行を却下したのは君の身を案じての発言でもあり、君が成すべきことは他にもあるという事だ」
「空間支配系統魔術師『沙夜乃』の仲間、『羽枝』が先日から行方不明になっている。もしかすると収容施設がある東京が襲撃され、羽枝がそこから逃走した可能性が高い」
俺が静岡で初めて戦った魔術師。空間支配系統魔術師『沙夜乃』と共に行動していた女性だ。
羽枝の監視は24時間体制で行われ、惣一郎の指示で病室から抜け出せないように軟禁状態になっていたはずだった。
……惣一郎と合流して聞いた話だと、その収容施設からの連絡は完全に途絶え、羽枝とその他の偽・魔術師の動向が不明となっている。
他の偽・魔術師は『沙夜乃』の様な本物の魔術師との関わりが少なく、軽犯罪を起こす程度で警察がすぐに対応出来る。
だが、一番厄介なのは『沙夜乃』と長年共に行動し、直接やり取りをし続けた『羽枝』の存在だ。
下手すれば他の魔術師と合流し、俺たちSaofaの邪魔をするかもしれない。大規模な事件を起こし、どこかの街で問題を起こすかもしれない。
そうなった場合、責任を取ることになるのは惣一郎と元Saofaの数人。
「それで、だ。魔術師と成った氷使いに羽枝の捜索・保護を行って欲しい」
俺は羽枝が魔術を扱う場面を見た事がなく、それは惣一郎も同じ。戦闘面になれば圧倒的に情報不足で負けるかもしれない。
そこに千里眼を持ち、探査能力に長け、拘束可能な魔術をいくつか保有している魔術師界のイレギュラーを投入する。
―――そう、氷使いだ。
魔術師に成った者として、上手く行けば羽枝と協力関係を結べるかもしれない。
これまでの全てを考慮した上で、氷使いは羽枝に対して有利な状況で立ち回れる。適役だ。
「………確かその、羽枝って人?東京に居るんですよね。氷使いはどうやって東京まで行くんですか?」
創造系統偽・魔術師が手を挙げ、惣一郎に質問をする。それに対して惣一郎は片目を瞑り、すぐに答えた。
「東京に向かう必要は無いよ。彼女は必ず、ここ『京都』に足を踏み入れる。これは可能性とかの話じゃない、確実に、100%だ」
言わずとも、羽枝の狙いは『沙夜乃』の仇となる俺を殺すことだろう。 ………そう考えると、今この場面で俺を殺そうと企む輩は一体何人になるのだろうか。
―――まあ、偽・魔術師がいる時点で20は容易に超えている。
「最後に、妖術師と晃弘。二人は『京都の魔術師』と『記憶操作系統偽・魔術師』と戦って貰う」
「色々と便利な『千里眼』に、 嘘か誠かを見分けれる『真贋』を持つ二人だからこそ、適任だと私は考える」
京都の魔術師とは、誰一人として一度も接触をしていないが故、羽枝同様に扱う魔術が何も分からない。
魔術の詳細なら『千里眼』と『遡行』で見破る事は可能だ。
………けど、惣一郎が『遡行』をさせないと断言したからには、俺も死なないように努力しないといけないな。
「以上で、全員の配置が決まって戦う算段は整った。ここから先はついこの間までの生易しい戦いでは無い。文字通り『大戦』だ」
「―――君たちの健闘を、祈っているよ」
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「全員が解散した直後で悪いが、妖術師。君に渡すモノがある」
氷使いは羽枝の捜索に、創造系統偽・魔術師と晃弘は作戦で使う材料の確保に向かった。 そして、この店に残ったのは俺と惣一郎だけ。
俺も準備に取り掛かる為に店を出ようとした時、惣一郎に声を掛けられた。
「渡すモノ、ですか?」
キラキラと輝く何かが、惣一郎の手から俺の手に渡る。ピアスだ、耳につける金属製の装飾品。
一見、特になんの変哲もない普通のピアスだが、内部に圧縮された魔力が篭っている。
「フープピアス……ですか?」
「そう。そのピアスの中には圧縮された魔力が入っていて、特別な術が刻まれている。その術式は『撤退』だ」
「君が死の一歩手前まで来た時、その他メンバーが死の危険を感じた瞬間。すぐにそのフープピアスに魔力、又は妖力を込めれば、この店へと強制的に瞬間移動が可能となっている」
それってとてつもない発明なんじゃ……と思ったが口には出さず、俺はすぐに耳に装着し、近くの鏡で自分を確認する。
少々目立ちはするが、自身を守る重要なモノだ。有難く貰っておこう。
「そのピアスはメンバー全員に配ってある、誰か一人でも魔力を込めれば即帰還だ」
「このピアスの予備は何個か用意してある。君がアレを使う事は無いように量産しておいた。だから………死ぬなよ、妖術師」
惣一郎は拳を前に突き出し、グータッチのポーズを取っている。
俺の『遡行』を聞き、話の合間に隠れて大急ぎで錬成している姿を俺は知っている。俺の為に、俺を死なせない為に。
「はい、何があってもこの先は死にませんよ」
俺はそれに応える為に、惣一郎の拳に俺の拳をコツっとぶつけ、誓いを交わす。
「―――『岩融』」
俺は影から巨大な薙刀『岩融』を取り出し、店の扉を開けて外へと足を踏み出す。
始まる。本当に、魔術師&偽・魔術師と妖術師&他術師の大きな戦いが幕を開ける。………こちらの勝算は極めて低い、だがそれでも、戦うしか道は残されていない。
―――俺は戦う道を自ら選んだのだ。