テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
《午前7時/東京・民放テレビスタジオ》
キャスターが読み上げる声は、どこか震えていた。
「最新観測では、隕石オメガの衝突確率は**23.1%**に上昇。
専門家は“依然として不確定だが、警戒は必要”としています。」
画面下のテロップには、終日流れ続ける数字——T–88。
アナウンサー
「現在、欧州各地で“オメガ隕石への不安”による小規模デモが発生しています。
特にドイツ・フランスでは、
“政府は真実を隠しているのでは”という声が広がっている模様です。」
画面には、
スーパーマーケットで水や缶詰を買い込む人々、
ATM前にできた行列、
そして“オメガ”の文字がSNSで点滅していた。
「日本でも、一部の学校で欠席が増えるなど、
生活面にじわりと影響が出始めています——」
隣のアナウンサーが言う。
「昨日から“生き方を変える人々”が増えています。
会社を辞める、旅に出る、家族と過ごす——。」
SNSのトレンド欄には、
#やりたいことリスト
#今日を生きる
#終末でも仕事
という言葉が並んでいた。
《東京都・霞ヶ関/総理官邸》
朝の閣議。
サクラは資料の山の前に立ち、ゆっくりと口を開いた。
「……数字は少し上がりました。
でも、恐怖は桁違いに増えています。」
防衛大臣・佐伯が頷く。
「国民の半数が“退職・転職を検討”という調査もあります。
避難訓練より、“残りの人生をどう生きるか”の話が先に出る。」
中園広報官がタブレットを見せる。
「ネットでは“#最後の100日チャレンジ”が流行中です。
“地球が終わるまでにやりたいこと”を投稿して、
それを応援し合う文化が生まれつつあります。」
サクラは少し笑う。
「皮肉ね。“希望”って、案外しぶとい。」
藤原危機管理監が静かに口を開く。
「ですが同時に、暴動・デマ・犯罪も増加傾向です。
“生き方”が自由になった分、“理性”の枠も壊れつつあります。」
「……自由と混乱は、いつも同じ顔をしている。」
サクラの声に、誰も返事をしなかった。
《東京都内・高校教室》
授業中、教師の声がどこか上ずっている。
「えー、じゃあ、今日の数学は——確率の話をしましょう。」
ざわめく生徒たち。
黒板に“0.231”と書かれた瞬間、笑いが起きた。
「先生、それ“オメガ”の確率じゃん!」
教師は一瞬止まり、苦笑した。
「……そうだね。でも、確率ってね、上がることも下がることもある。
“0じゃない”からって、諦めるのは早い。」
窓の外、空はいつも通りの青。
でもその青の中に、見えない“終わり”が確かにあった。
《秋葉原・家電量販店》
「パソコン完売、発電機完売、水完売です!」
店員の声がかすれる。
レジには行列。
「どうせ終わるなら、最後までネットは繋がってたい」
「バッテリーとWi-Fiだけは命綱だ!」
笑いながら買い占める人たち。
けれど、笑い声の奥には“何かを誤魔化すような焦燥”があった。
《IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)臨時連絡》
《SMPAG(宇宙ミッション計画アドバイザリーグループ)非公式調整》
アンナ・ロウエル
「……軌道偏向ミッションの予備プランを、そろそろ本格検討に移すべきです。」
ESA軌道解析班
「しかし、まだ“ミッション実施の政治判断”が下りていない。」
JAXA・白鳥レイナ
「判断を待っていたら遅れます。
最低でも、インパクター射出角度の計算だけは進めておきたい。」
画面に表示された試算表には、
“ΔV(軌道変更に必要な速度)”の数値が並んでいる。
NASAの技術官
「……分かった。
“準備段階”という名目で進めよう。
正式会議まで48時間とする。」
静かだが確実に、
世界の裏側で“人類の賭け”が動き出した。
《東京・JAXA筑波宇宙センター》
白鳥レイナが観測データを見つめる。
アンナ・マクレイン博士からのメッセージが届いた。
“We’re all under the same sky, but fear divides faster than light.”
(私たちは同じ空の下にいる。でも、恐怖は光より早く広がる。)
白鳥は小さく頷いた。
「その通りね。
だけど——科学も“光”なんです。
届くのが遅くても、きっと照らせる。」
背後で若い研究員がつぶやいた。
「主任、僕、昨日彼女にプロポーズしました。」
白鳥が振り返る。
「こんな時に?」
「ええ。“もしオメガが外れたら結婚しよう”って。
……確率23%なら、77%は“生きられる”じゃないですか。」
白鳥は笑った。
「いい確率の使い方ね。」
《新宿・路地裏》
天城セラの姿があった。
手にスマホを持ち、静かにライブ配信を始める。
「皆さん、恐怖の波に呑まれていませんか?
数字は恐れを生みます。
でも、“信じる”という選択は、いまこの瞬間もあなたにあります。」
コメントが流れ始める。
「救われました」
「セラ様、どうすれば怖くなくなりますか」
「政府を信じてはいけない」
セラは、瞳に光を宿したまま答えた。
「恐怖を忘れる必要はありません。
でも、恐怖に“意味”を与えることができるのは、人間だけ。
——それが“再生”の第一歩です。」
その声は、穏やかで美しかった。
だが、どこかに狂気の温度があった。
《夜・新聞社社会部》
桐生誠は、パソコンの画面を見つめていた。
ニュースサイトの見出しが並ぶ。
「“オメガ株”暴落、政府対策に批判」
「各地で“終末婚”ブーム」
「“もう勉強しなくていい”中高生が急増」
「……バカみたいだ。」
そう呟いても、彼の手はキーボードの上で止まらない。
上司が背後から声をかけた。
「桐生、お前の記事、いい反響だぞ。“希望がリアルだ”って。」
「“リアルな希望”なんて、どこにあるんですかね。」
「探せ。俺たちの仕事は、“恐怖の中で光を拾う”ことだ。」
《東京・総理官邸 夜》
官邸の会議室には、緊張と疲労の空気。
藤原が報告する。
「治安はまだ維持されています。
ですが、地方で“避難自主組織”が乱立。
“政府を信じるな”というビラも出回っています。」
中園広報官が静かに言った。
「SNSでは、今日一日で“神に委ねる”派と“科学で救う”派が激突。
まるで宗教戦争のようです。」
サクラは資料を閉じた。
「戦争ね。
武器は、言葉と不安。」
「どうなさいますか?」と藤原。
「“恐怖に名前をつける”の。
そうすれば、対話ができる。」
「名前を、ですか?」
サクラはゆっくりと呟いた。
「“オメガ”——終わりの記号。
でも、人間は“アルファ”も持っている。
終わりを見たら、始まりを考える。
それが、私たちの本能よ。」
彼女は立ち上がり、窓の外の夜空を見つめた。
ビル群の隙間に見える星が、一つ、瞬いた。
それは、まだ誰にも知られていない“明日の兆し”だった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.