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ピピッと間抜けな音を立てて体温計が計測完了を知らせる。38度8分。今日も熱は下がらない。

いつぶりだろうか、こんなに高い熱を出したのは。


年末の怒涛のスケジュールを乗り越え、久々の休日となるお正月休みもなんだかんだと忙しさにかまけて後回しにしてきたことを片付けているうちに過ぎ去ってしまい、ひと心地つく余裕もないままメジャーデビュー10周年のあらゆる催しにむけた準備が始まる。異変に気づいたのは、3日前のこと。どうしても立っていられなくなり、スタジオの仮眠スペースを使わせてもらおうとしていた時であった。ぐらつく視界に、体勢を整える余裕もなく床に倒れ込む。


「「涼ちゃんっ」」


元貴と若井の慌てた声が、遠くに聞こえた。




「インフルエンザですね」


熱のせいで何か膜を張っているかのように遠くに聞こえる医師の言葉にまず思ったことは、ふたりやスタッフにうつしていないかという心配だった。


「おそらく2日前くらいからかなり体調が悪かったんじゃないですか?食事もちゃんととれていませんね?他にも貧血と若干ですが栄養失調の症状もでています。お忙しいのは分かりますがもう少し自身の体調を気にかけていただけると……」


年の頃は40代くらいだろうか。精悍な顔つきの男性医師は静かだがはっきりと戸惑いを滲ませた声で苦言を呈する。


たしかにここ数日やけに体の疲れが取れないし食欲もないなとは思っていたが、まさか熱のせいだったなんて。ただ疲労がたまっているせいだと思っていたのだ。


「すみません……」


「とりあえず点滴処置をします。熱が下がるまでは自宅で絶対に安静にしてくださいね」


いいですね?と念をおされ、こくこくと頷く。


その後、点滴を終えて何とか帰宅すると、玄関に元貴の靴があった。付き合うようになってからはいつでも好きな時に来れるようにと合鍵を渡してあったが、今日はまずい。元貴にまでうつしてしまう訳にはいかない。


「涼ちゃん!体調は?どう?」


玄関の開く音が聞こえたのだろう。駆け寄ってくる元貴に両腕を突き出して、近寄らないようにジェスチャーをする。


「インフルだった……ごめん、もううつしちゃってるかもだけど、一緒にいたら余計に感染確率あげちゃうし、今日は帰って……」


「マネージャーから聞いたよ。でもご飯とか、そんな様子じゃ自分ではできないでしょ、ちゃんと感染予防するから安心して」


大丈夫だから、と返すも、ほら、とにかくはやく休んで、と促され、説得する気力もないまま元貴に支えられながら寝室へと足を運ぶ。ベッドに倒れ込むと、気が抜けたのか強烈な睡魔に襲われ、そのまま深く深く眠り込んでしまった。



熱い。いや、寒いのか?震えが止まらない。苦しい。苦しい。助けて。


熱で意識が朦朧とする中で、必死に声を出そうとするも呻き声しか形にならない。瞼も重く、夢か現か分からないまま闇の中で僕は叫ぶ。


誰か。助けて。苦しいよ。


そのとき、ひんやりとして柔らかいものが頬に触れた。続いて首筋、額。大丈夫、大丈夫だよ、と誰かのあやすような声がきこえる。あぁ、これは夢の中なのか。心地よい冷たさに身を委ねていると、だんだんと意識が遠のいていった。


ふと目が覚めると、寝室には外の光がさしこんでいた。枕元の時計に目をやると時刻は7時。夕べ帰ってきたのはまだ5時過ぎとかだったはずだから、半日以上眠り続けていたということになる。まだ動くのは辛かったが、カラカラの喉を潤そうとベッドから起き上がる。そのとき、ベッドサイドのテーブルにポカリスエットのペットボトルが置かれているのに気づいた。昨日、元貴が用意してくれたのだろう。今度お礼しなきゃな、と心の中で考えながら喉を潤す。高熱のせいなのか、いつもと何の変わりないポカリスエットも、妙なやわらかさと甘苦さを伴って喉を伝っていく。食欲は相変わらずなかったが、とりあえずなにか口にしないと治るものも治らないし、早く治さねば余計に皆に迷惑をかけてしまう。


重たい身体をひきずってリビングへ向かい、冷蔵庫を開けると、これも昨日元貴が用意してくれたのだろう。ゼリーやプリンが入っている。ゼリーなら食べれそうかな、と飲むタイプのそれを取り出そうとすると


「涼ちゃん……?」


後方から声が聞こえ、思わずびっくりして振り返る。


「えっ」


みると、リビングのソファから、今まで眠っていたらしい元貴が眠そうに目を擦りながらこちらをみていた。


「え、なにして……」


「おはよう、体調はどう?」


こちらの言葉に被せるようにして問いかけてくる元貴。


「元貴、まさか昨日帰ってないの」


ふと昨晩、意識の朦朧とする中で聞こえた声のことを思い出した。熱がみせた夢だと思っていたけれどまさか。


「ん……だって涼ちゃん心配だったし。ずっと魘されてたんだよ」


「僕のことはいいんだよ!元貴までインフルになったらどうするの、この大事な時期に!」


思わず感情的になって大きな声を出すと、熱のせいかぐるぐると視界が回る。バランスを崩して流し台に手をつくと、いわんこっちゃないとばかりに元貴が駆け寄ってくる。


「安静にしてて!いい?僕や若井に悪いと思うんだったら早く治すこと。言っとくけど治るまで毎日看病に来るから。止めたって無駄だからね」


有無を言わせない強い口調に、うっと言葉につまる。長年の付き合いということもあり、僕が何を言われるのがいちばん困るかも分かっているのだ。もうこうなったら早いとこ熱を下げて元貴に納得してもらうしかない。




そう意気込んだところまではよかった。


話が冒頭に戻るが、熱が下がらないのだ。それだけでなく、体調も全く改善の兆しをみせない。


昨晩はせっかく元貴の用意してくれたお粥を食べるどころか、ひとくち口にしただけで吐き戻し、解熱剤すら飲むのもままならなかった。


「涼ちゃん」


ガチャリと寝室のドアがあいて元貴が顔を出す。昨日も泊まり込んでくれていたらしい。申し訳なさが込み上げる。


「起きてる?体調どう?」


あ、熱測ってあるじゃん、と僕の手元の体温計をみて眉根を顰める。


「下がらないか……昨日薬も吐いちゃってるしね、どう?ごはん食べれる?」


正直食欲なんて全くなかったが、こくこくと頷いてみせると、ほっとしたように元貴が微笑む。


「持ってきたげるからここにいて」


ごめんね、と口にしたが高熱のせいで喉もやられているらしく、掠れた音しか出なかった。


少しして戻ってきた元貴の手元には、卵がゆとすりおろしたりんご。あれ、と目を瞠ると


「おかゆがだめでもこれならいけるかなって。前に小さい時に風邪引くとこれだけはよく食べれたって言ってたでしょ」


ちゃんとはちみつもいれて藤澤家レシピを再現しておりまーす、僕アレルギーだから味見はしてないけど、と笑ってみせる。確かにずっと昔にそんな話をしたことがあった。そんな些細なことも覚えていてくれる元貴がたまらなく好きだ。


「とりあえずお粥からね」


はい、あーん、と促されるままに口にする。昨日よりかは食べ物の匂いに対する吐き気がマシになっており、問題なく喉を通っていく。


「自分で食べれるよ」


「だめ、用意した側に権利があります」


「なんだそれ、はじめてきいた〜」


まぁいいか。ひとくち、またひとくちと口に運んでもらう。こんな風に甘やかされるのは新鮮で、体調を崩すのも悪くないかもしれないと、ほんのちょっとだけ思ってしまった。


その日の夜にはだいぶ体調も回復して、食事も問題なく食べれるようになった。


「やっぱりんごは偉大だな〜」


と1人で勝手に納得していると


「僕が!すりおろしたりんごだから!」


得意げに自分を指さしながら主張してくる元貴に


「愛情たっぷりだもんね、ありがとう」


と笑いかけると、照れくさくなったのかそっぽを向いてしまった。


「ほんとにありがとう、元貴が具合悪くなった時は僕が看病するからね」


「僕は涼ちゃんと違うのでインフルなんかかかりません」


「はちみつたっぷりめにしてあげるね」


「アレルギーだっての!殺す気か!」


顔を見合せて、ふふ、と笑い合う。甘やかされるのもいいけれど、あぁやっぱり、早く元気になって元貴の作る音楽を奏でたい。明日には熱が下がっていたらいいな、と願いながら僕は瞼を閉じた。





※※※


先週のミセロのあとに突発的に書いたもののオチがうまくつかなかったので投稿するか迷ったものです


本日更新の連載作品の内容が短めだったのでおまけ程度に……


涼ちゃんが早く元気になりますように〜!!



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