「どうして、勝手に決めるの?」
気がつけば、そう、声にしていた。
「勝手に?」
「そうだよ、いつもそう、結局は自分の思ったように物事が進まなきゃ気が済まないんじゃない坪井くんは!」
声を荒げた真衣香を前にして「それは……」と、らしくない。次の言葉が続かないようだ。
しかし坪井を責めるような言い方を真衣香はすぐに後悔した。
「違う……嘘、ごめんなさい」
だって、真衣香の行動が違えば、言ってくれたかもしれない。
一緒に決めさせてくれたかもしれないのに。
それを、棚に上げて。
「え? いや、何で……お前が謝ることなんて何もないよ」
大げさに首を横に振って真衣香の言葉を否定した坪井に、真衣香もまた否定を重ねた。
「違うの」と、キッパリ言って坪井の胸元に顔を埋める。
「怖かったの」
確かに、坪井は人の感情を大きく揺らし、そこで生まれる隙間へ切り込むようにして人を捕らえる。
彼がそんなふうに人の心を試す人だと知って、それでも。
たとえ傷ついても、傷つけられても。
傍にいるのだと意気込んで、選んだんじゃないのか?
隣にいることを。
(ここに来る前に、ちゃんと答え出してきたじゃない……なんですぐ逃げようとするの)
「わ、私いい子ぶろうとして、芹那ちゃんの気持ちに気を使うようなふりして、でもホントはずっと怖かっただけなの!」
「……怖い?」
坪井が恐る恐るといった様子で真衣香の言葉を繰り返す。
その表情は酷く困惑しているように見えた。
「うん」と短く相槌を打ち、真衣香もまた、恐る恐る心の内側を声にしていく。
「2人の間にある、ものが、私と坪井くんにはない気がして怖かったの。だから信じてるって言い訳にして何も見ないふりしてたの。そんなの芹那ちゃんに取られて当たり前だよ」
顔を埋めたまま泣き出す真衣香の頭を、遠慮がちに撫でる優しい手。
「あの日ね、優里と坪井くんと3人で会った日」
「うん」
「優里のこと考える余裕がなかったって、私が言ったら……坪井くん、どうして? って聞いたよね?」
「……うん、聞いた」
真衣香の頭に、坪井の唇の感触がする。
それを、こんなにも切なく感じてしまう前にどうして強くなれなかったんだろう。
「優里を、すぐに許せなかったの……坪井くんを私から取らないでよって、初めて、優里のこと許せなかった」
真衣香が嗚咽交じりに繋げる声を、坪井は黙って聞いてくれている。
ああ、芹那ちゃんのことはいいのかな? そんなふうに考えるのに身体は動かない。
恋をしてどこまでも汚く、そして狡くなる自分も、もっと早く見せていれば。
2人の、あのキスは、なかったんだろうか。
「今も芹那ちゃんにあげないって、もしそれで芹那ちゃんのことも坪井くんのことも……傷つけちゃっても。それでも坪井くんのこと絶対あげないって邪魔しにきたの。酷いよね」
身動きも取らずに聞き入ってくれていた身体がピクリと大きく反応した。
それに気がつき、真衣香の中に渦巻く恐怖もピークを迎える。
いつだって、目の前の人が望む自分でいなければと顔色ばかり伺ってきた。それを、敢えて見ようとせず、無視をして。我を通すこと。
「い、嫌な奴だよ、ね。坪井くんは子供みたいな私が物珍しくて可愛く見えてただけなのかもしれない……けど」
それが、こんなに怖いことだなんて。
怯んだ口元が、続きの言葉を飲み込もうとする。
抗うように力を込めて、密着する身体を力いっぱい引き離した。
距離が出来た二人の隙間に冷たい風が吹き込んでくる。
冷たい、怖い、嫌われたくない。
(でもだめ、飲み込まない、言う、言うの!)
真衣香は唇を噛んだ後、大きく息を吸って、胸につかえていた言葉を吐き出した。
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