「何故謝るんだい、リリー。やけに水臭いことを言うじゃないか。僕がリリーのことを大切に思っているのは知っているよね? そんなキミの晴れ舞台に、僕が付き添わないだなんて選択肢、有り得ないんだけど?」
低く落ち着いた声音に、リリアンナはわずかに頬を染めた。
「でも……」
「なんだい、リリー。キミはひょっとして……僕以外の人間にキャヴァリエを頼むつもりなの?」
今回ランディリックはリリアンナのキャヴァリエ――エスコート役――として同行することになっている。それを指しての言葉に、リリアンナは慌てて首を横に振る。
「そっ、そんなことないっ! でも……いいの? ランディだってまだ未婚なのに私のキャヴァリエなんて務めたら……変な噂が立ってしまうかも知れないわ」
キャヴァリエは結構な割合で許嫁がいる女性に、相手の男性が付く。だが、リリアンナとランディリックの場合は年齢差も大きいし、関係性が養女とその後見人なのだ。姫と護衛という方がしっくりくる。
なのに、何故かリリアンナにはそう思えなくて……ドレスアップした自分の横に正装をしたランディリックが立つと思うと、胸の奥がキュウッと締め付けられるように苦しくなってしまうのだ。
だが、そう感じれば感じるほど、リリアンナはランディリックに対して何とも申し訳ない気持ちになってしまう。
「変な噂? そんなの言わせたい人間には言わせておけばいい」
「ランディ!」
リリアンナがさらに言い募ろうとしたら、ランディリックの節くれだった男らしい指先が、リリアンナの唇に触れる。
「それ以上言うと怒るよ?」
言葉とは裏腹。ランディリックの眼差しはどこまでも優しかった。それが、リリアンナには彼から恋情を寄せられているように錯覚させられて困るのだ。
(ダメ、ダメ。こんな風に勘違いするだなんて、ランディに失礼だわ)
ランディリックはリリアンナを娘のように可愛がってくれているだけなのに、それを恋心と履き違えるだなんてこと、あってはならない――。
***
リリアンナが革鞄を抱えたまま黒塗りの儀礼馬車へ乗り込むと、幌付きの荷馬車へ旅箱の積み込みを終えたナディエルとクラリーチェも戻ってきて、その後に続いた。侍従が幌付き馬車のそばでこちらへ向けて手を振っているのが窓越しに見える。どうやら荷積みも完了したらしい。
「扉を閉めるよ?」
ランディリックが声を掛けて、静かにリリアンナたちの乗った儀礼馬車の扉が閉ざされる。
閉ざされた扉の側面には、白銀の毛皮で縁取られた深緑の盾が描かれていた。
上半分には金色の剣と絡み合う草カズラ、下半分には白銀の山脈と濃い青の波紋――ニンルシーラ辺境伯、ランディリック・グラハム・ライオールを示す家紋である。
四年前、王都エスパハレからここニンルシーラのエルダン駅へ着いた際、駅でリリアンナを迎えに来ていたのもこのキャリッジだった。
朝の光を受けて金の剣が淡く光を返し、リリアンナたちの出立を祝福しているかのようだった。
「お嬢様、窓の外をご覧くださいませ」
ナディエルの言葉に促されたリリアンナが、馬車の引き下げ窓の上部ガラスを静かに引き下げて開け、彼女が指さす方へ少し身を乗り出せば、玄関前に凛々しく佇んで皆の出立を見送る愛馬ライオネルの姿が見えた。
いつの間に巻かれたのだろう? ライオネルの首には柔らかな防寒布が巻かれ、すぐ傍にカイルが立っていた。
リリアンナと目が合うなり、カイルが軽く手を挙げて頭を下げた。
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いよいよ旅立ちだ!