夜が嫌いだ。
世界を包む真っ暗な闇はもうどこにも行けないような不安感を煽り
無機質な街の光は僕だけが世界に順応できていないような孤独感を募らせる。
夜が嫌いだ。
目を閉じても終わらない一日。
不安と孤独が溶けないまま部屋にさしこむ朝日。
でも夜は
夜を理由に貴方がそばにいてくれるから
夜が好きだ。
昨日眠れなかったという元貴は、僕を抱きしめた姿勢のまま
「安心したらなんか寝ちゃいそう」
と言い出したので、慌てて抱きかかえて寝室へと運んだ。ベッドにやさしくおろし、布団をかけてやろうとしたが、元貴が僕の首にまわした腕を頑なに外さない。
「ちょっと、元貴、僕動けないんだけど」
「んー……」
眠たげな表情だが、なぜだか少し困ったように眉尻をさげている。
「涼ちゃんが離れちゃったら、眠気どこかいっちゃうきがする……今日は僕が眠るまででいいから……その……」
甘えたがりなのにどこか強がりで、そばにいて、とまでは言えない彼がどこまでも愛おしい。
「仕方ないなぁ」
と苦笑して、一緒にベッドに横たわる。布団を引き上げてから彼をそっと抱きしめ、頭を撫でた。
「なんか久しぶりだ、この感じ」
と思わず小さくつぶやくと、元貴が
「涼ちゃんにこうしててもらうと、不思議と眠れるんだよね」
だからどっか行っちゃわないでよね〜と頭を肩口にぐりぐりと押し付けてくる元貴に、僕は安眠グッズかなにかなの、と笑いながらツッコミを入れた。やがて、スゥスゥと小さな規則正しい寝息が聞こえてくる。どうしようもなく離れ難いが、明日のスケジュールを考えると今晩ここに留まる訳にはいかない。元貴を起こさないように十分な注意を払いながら、そっと彼のマンションをあとにした。
翌日、仲直りしたことを伝えると、若井は心底安心したように笑った。
「もーマジ涼ちゃんのことになると元貴って感情抑え込まなくなるっていうか、まぁ涼ちゃんに甘えてる節もあるんだよね。俺もそうだけど。何言っても受け入れてくれるっていうか」
「いや、今回のは僕が変に不貞腐れちゃってたのが原因で……やっぱどうしても二人みたいにかっこよくできないからさぁー」
気まずそうに笑ってみせると、若井が真剣な面持ちで口を開いた。
「あのさ……俺がこんなこと言っちゃっていいかわかんないけど、元貴にとって涼ちゃんはかなり特別な存在なんだよ。上手く言えないけど。俺はそういう二人をみて嫉妬することもあるし、だからなかなか涼ちゃんのこと認められなかったってのもあるし」
驚いた。若井が嫉妬?
「逆に元貴が俺らに嫉妬してることもあるよ。休止期間に共同生活するってなって、表向き賛成してたけどしょっちゅう俺に涼ちゃんのこと聞いてきたし、あれは内心やきもきしてたんだろうね〜」
「僕ら二人だけですっごい仲良くなっちゃうんじゃないかみたいな?」
そうそう、と言って若井があははと笑う。
三人というちょうどいいようでバランスの難しい関係性は、僕が思っているよりもお互いを思い合う矢印はそれぞれに等しくあるのかもしれなかった。
「若井、ありがとね」
「え、なに急に」
「いろいろと……。BFFの歌詞だって、僕は気づいていなかったし、若井に指摘されなきゃまだすれ違ったままだったかも」
「涼ちゃん、自分に向けられた好意にはめちゃくちゃ鈍感だからなぁ〜」
うーん、と言って若井がなにか迷っているように視線をさまよわせる。
「お節介ついでにもうひとつ、涼ちゃんあの歌詞に込められた意味で、たぶん気づいてないものがあると思うんだよね……まぁ俺の憶測だけど」
まだ気づいてない意味……?きょとんとする僕に、これ俺が言ってたって内緒ねーと若井は言い残してその場を去っていった。
それからしばらくは文字通り忙しさに忙殺される日々が続いたが、頭の片隅に若井の言葉が残り続けていた。
その夜は妙に目が冴えていた。最近は疲れきって、帰宅と同時に眠り込んでしまうことも多かったが、今日は眠気がまったくこない。確認も兼ねて練習するかと楽譜を取りだした時、ぱさりとファイルから一枚の紙が落ちた。拾い上げてみると、それは見覚えのある手書きのBFFの歌詞。あの日、置いてきたと思っていたけれど、持ち帰ってきていたのだろうか。
「僕が、気づいていない意味……」
微妙にシワの寄った紙に綴られた少し癖のある柔らかな元貴の字をそっと指でなぞる。
『何かが弾ける音がした……』は僕らが出会った時から休止期間までをなぞるような。懐かしいな。すれ違いざまに急に腕を掴まれたんだ。それで、「俺とバンドくみませんか?!」って。それで僕は彼の音楽に魅せられて、一生ついていくって決めたんだ。
『もし僕が眠れない夜は……』そう、元貴は結構強がってしまうから。時々鋭い言葉で自分を守ろうとするから。そんな時、そばにいてほしいと思ってくれてるのだろうか。嬉しいな……。
『人を愛せないそんな恐怖も
大丈夫「貴方」なら
まず愛してる僕がいる』
これは僕の自己肯定感の低さを言ってんだろなぁ。そういえばまだ出会ったばかりの頃にメンバーで恋バナになって、「どうせ好きになってもらえないのに自分から誰かを好きになれない」なんて言って元貴に怒られたことがあったっけ……。
「涼ちゃんはもっと自分に自信を持つべきだよ、涼ちゃんのことを好きな人はいっぱいいる!」
って珍しく熱くなって。そう考えると、元貴はあの頃からずっと、僕を勇気づけるためにたくさん僕のいい所とか好きな所とか伝えてくれてるんだよな……それなのにあんなこと言って……。ふつふつと湧き上がってくる後悔の念に、いや、ちゃんとそういう所直すって決めたんだからとマイナスな考えを吹っ切るように勢いよく頭を振る。
「まず愛してる僕がいる……」
僕に向けての歌詞でこのフレーズを選び取ってくれたことがどうしようもなく嬉しいのだ。
そういえば、なんでこの「貴方」はわざわざ括弧書きなのだろうか。元貴のことだから単なる強調だけでない、何らかの意味合いを込めているとは思うのだけど……。
ふと頭をよぎった考えに、それはあまりにも自分に都合のよすぎる勝手な解釈すぎるとあわてて打ち消した。でも。もし仮にそうだとしたら……?
いつの間にかカーテンの隙間からはやわらかな日差しが差し込み始めていた。
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いつもあたたかなコメントをありがとうございます!とてもモチベになります⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
もともと10話構成で作っていたお話なので、この辺りからぐっと物語が展開していきます。
コメント
6件
お話に呑み込まれた様な感じでした!(←あってるかな?)すごく好きです💕
毎回コメントするのが日課なっています!涼ちゃんが自分に向けられた感情というか好意に気づかないってのはマジで共感です!
優しいお話しで大好きです✨無事に2人の想いが重なる事を祈ってます