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私の夫、颯介(そうすけ)は、植物人間だ。
去年車との接触事故で意識を失い、そのまま昏睡状態だ。
そこにいるのに、体の一部がなくなった訳でもないのに。笑うことも泣くことも、声を発することも、私を見つめてくれることもない。
最初は心を強く持っていたけれど、少しずつ壊れてきて、今は私まで、日々を越えるだけのような生き方をしている。
「起きなきゃなぁ…」
独り言を呟いて、スマホに手を伸ばし、ずっと鳴り響いていたアラーム音を消す。
ゆっくり体を起こすと、相変わらずがらんと殺風景な部屋が目にはいる。生活の跡が怖いくらいに無い。私は一応生きているのに。
時計を見ると、もう11時だった。
最近は夜になると怖くて怖くて眠れなくなり、明け方に眠りにつくようになった。だから起きる時間も遅くなる。感情が死んだようだったけど、夜だけ恐怖心が復活するのだ。
今日は午後から颯介の病院へ行くから、外に出て恥ずかしくない程度には、身だしなみを整えなくてはいけない。
カーテンを開けてから、なんとなく窓も開けると冷たい風が入ってきた。
「寒っ…。そっか、もう冬なんだ」
知らないうちに季節は巡り、冬を迎えていたらしい。そういえばテレビで、今年の冬は寒くなると言っていた気がする。
「冬、なぁ…」
私の名前は芙優(ふゆ)だ。だから、颯介はいつも冬になると「芙優の季節だね」と笑っていた。
曜日感覚や季節感覚は、人と触れ合わないと無くなってしまうらしい。
毎週火曜日に行っていた歯医者に行くこともない。会社の帰りのハンバーガー屋の看板が、木曜になると割引されるのを見ることもない。
土曜日に欠かさず見ていたバラエティ番組を見ることもない。
春が近づくとしていたお花見も、夏になるとドライブした海に行くことも、秋になると紅葉を見に行くのも、冬になるとイルミネーションを見に行くのも、全部。何もかもなくなった。
たいしてお腹は空いていないけれど、パックご飯をレンチンして、インスタント味噌汁の袋を用意する。ウインナーや卵でも焼こうかと思い、冷蔵庫を漁る。
でも、冷蔵庫にはしなびた人参と、水分を失ってカサカサの小松菜、賞味期限のきれた豆腐と納豆しかなかった。
「いただきます」
手を合わせて食べ始める。美味しいものを食べたいという余裕もないから、これだけでもわびしさを感じることはない。
とりあえず私まで倒れないように栄養素を体に流し込む。
食べ終わってから、いい加減このままじゃダメだと、いつもより手間をかけてメイクや髪のセットをした。服も、颯介が可愛いと言ってくれたものを着た。
でも、こうやって気持ちを奮い立たせても、病院へ行って颯介を見たら、一気に気持ちがしぼんでしまうのも分かってる。