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第3話「リーダー論」、読みました。リーダーってすごく抽象的な言葉なのに、現実に「やってみて、たまたま上手くいった話」が理論っぽく固められていく――その視点がとてもリアルで、はっとしました。「システム構築法」という捉え方も面白くて、リーダーシップって案外、サイズ合わせみたいなものかもしれないですね。考えさせられる回でした。続きも気になります🌷
それはシステム
論。ではない。理論でもない。と言う風に感じるのはきっと、森田登、五十嵐武志からの伝達によるものだ。と私は思っている。自分なりには学生時代にまとめ役みたいなことをやってきたことがあったのだけれど、世間的なリーダーというモノを知らないままにやっていたわけで。
でも、こういうのって言うのは社会の中に装置として仕掛けられていて、ある日突然、目の前に現れて、こういう形だからって言われてその通りやってみる。
流されてそのままやり続けると、いつのまにか上手く行くこともある。し、もちろん、上手く行かないこともある。多分大体半分くらいなんだと思うんだけど。それで、大体半分くらい上手く行ったうちのわずかな部分で、見た目がいい物を論と名付けて本にする。
それって理論でも何でもなく、上手く行った話だと思っているわけで。
リーダーは論でもなく理論でもなく、では一体何段目の話をしているのか。一段目にこのリーダー論ってやつがあればきっと誰しもがそのまま使えるのだけれど、そういう話しでもないんだろう。
そう思ってはいるものの、内容はよくわからないんだけど。
でも、人がどうするか。ということに関しては昔から体系的な考え方は存在するのは知っている。というか教えて貰ったというか。あるよ。って言われた。
自分で考えることができるのであれば、リーダーっていうのは、いらないというか、そもそも何をするのだろうか。
リーダーっていう言葉はかなり広い。日本語で考えると、指導者、先導者とかもっとほかにも、戸代表、責任、首相とかも含まれて来るし、意味もそれで変わってくる。
定義はめっちゃあるけれど、実体がそこには伴っていないから、何のことをいっているのかよくわからない。ということで。
じゃあ、自然にはリーダーがあるのか。と言われればそういうのもあんまりわからないけれど、リズムが軸として流れているっていうのは何となくわかる。
リズムが来ると環境が写し、移り変わり、そしてそれに反応みたいなことをして色々動き出す。条件がそこにはあって、その条件で自然は動いていくように見えるのだけれど、実際は動いているというよりも、伸びていくとか場所を移動するとか。そう言うことになる。
リーダーが、環境が変わっても人はそこに居続けることができる存在で、というか、そういう風になったとしても居続けることが出来るようにシステムが構築されている。
となると、リーダー論っていうのはリーダーシステム構築法なのでは?
そう思うわけで。
有るモノをこっちに入れる、有るモノをこっちから出す。みたいなことだけなのかもしれない。ある程度数値をとって、それに適合するものを当てはめて。あなたの服、靴のサイズは?…なるほど、じゃあこれでいいですね。みたいな感じ。
そうすればその渡す人をリーダーと名前を付けておけばそれでいいわけで。で、たまたま渡した人がそれでとんでもなく上手くやって、結果をのこしたとき、たまたまそれを渡す手番だった人がリーダーがすごい!みたいなことをたまたま言われて。その人がそのきになって、じゃあ、これがリーダー論です!って形を作って出してみた。
そんな感じなのかもしれない。