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7月の関東某所。
建物に入ると、途端に冷房の効いた冷たい空気が肌に触れる。
俺はハンカチで汗を拭いながら、指定された控室へ向かう。
ドアを開けると、部屋の隅で4人の大男がそれぞれ椅子の上で伸びているのが見えた。
「…何でみんなおんなじポーズなんだよ」と思わず突っ込む。
「だって外暑かったもん」
そう言うジェシーは、きっと来たばかりなんだろう。服が薄っすらと濡れている。
「まあな」
ちょっと温度下げるわ、と慎太郎がエアコンのスイッチを押す。
そのとき、扉が開いて樹が現れた。一番遅いのは結構いつものことだ。
「あー涼しー」
と白いTシャツの胸をパタパタとあおぐ。
「こんな日に動きたくねーなぁ…」
ジェシーの隣に腰を下ろした。
「でも海入れるじゃん」と大我。
「そうだね」
北斗もうなずく。
今日はこれからリリースする曲のMV撮影。珍しく海辺でのロケだ。
特にたくさん動くわけでもないのに、みんなは全然気乗りしていない様子。いや、俺もまたしかり。
それぞれ衣装に着替えて準備を済ませたあと、外に出て少し移動する。もうそこは綺麗なビーチだった。
スタッフさんの指示を聞いて位置につく。
音楽が流れ始めて、ダンスを踊る。
砂で動きづらいけどみんなは楽しそう。
そして何本目かのカットを撮影しているとき。
音楽の中に、少しだけ、ほんの僅かにだけ聞こえてきたのは誰かの荒い息遣い。
ただ息が上がってるだけかもしれないけど、まだ始めて十数分だ。
俺は5人を見渡す。
すると、ちょうど移動をするところで、樹がどことなくふらついたように見えた。
よく見ると、顔色もいつもの樹にしては冴えていない。
とりあえず曲が終わるまで待ち、声を掛けようと思った矢先。
「うおっ!」
慎太郎が声を上げた。のは、樹が崩れ落ちたからだ。
「おい樹!」
とっさに慎太郎が抱きとめてくれたから、身体を打ちつけずに済んだ。
慌てて駆け寄ると、やっぱりその呼吸は乱れている。首筋には汗が滴っていた。いつもそんなに汗をかかないのに。
「どうした、大丈夫?」
北斗が背中を支えながら、パラソルの下の椅子に座らせる。すぐにスタッフさんも駆けつけてきた。
「ごめ…クラッてなった」
「え…、貧血? めまい?」
スタッフさんたちも、予期せぬ事態にバタバタとしている。
そのとき、樹の小さな声がした。「気持ちわりぃ…」
「えっ嘘、吐きそ?」
ジェシーが半分パニックになって立ち上がり、袋を探しに行く。
これ、と北斗がつぶやいた。「絶対熱中症だよな」
ああ、と俺も声を漏らす。
「確かにそうかも」
北斗が樹のかばんを漁り、水のペットボトルを取り出す。が。
「マジか、空じゃん」
「はあ? お前、ここ来る前から?」
呆れて言うと、樹はうなだれるようにうなずいた。
「バカかって。時間ないのはわかるけどさ…」
俺はとりあえず樹の財布を引っ掴んで、近くの自販機まで買いに行った。
控室に戻ると、大我がうちわで涼ませていた。
「ん。オーエスワンあったから飲みな」
ありがと、と受け取って口に運ぶ。
「さっきマネージャーさんに連絡したから」
と言うと、大我が「サンキュ」と肩を叩いた。
「どうしたんだろね、樹。疲れちゃった?」
隣に座って背中をさすっているジェシーが、優しく声を掛けた。
「わかんない…。でも、来る前から…めまいしてた」
「んもう、誰かに言えよ。そんなこともできなかったっけ?」
まあまあ、と慎太郎がたしなめてくる。
「こいつはいっつも1人で自己解決しようとするから。これからはそんなことしたらダメだからね」
やがてマネージャーさんが迎えに来てくれて、うなだれたままの樹を何とか車まで連れて行く。
「俺もそのままついていきます」
え、と振り返る。「こーち、仕事…」
「みんなはあるからもう行った。俺はない」
そっか、とつぶやいてシートにもたれる。
そんな虚ろな目は見たことがなくて、不安に駆られた。
続く
コメント
1件
みんなで支え合って仕事してんのまじ泣ける…