Side 黄
樹の家に着くと、腰を後ろから支えながらとりあえず寝室へ向かう。ベッドに寝かせ、エアコンをつけた。
「暑い? 今どんな感じ?」
頭痛い、とその唇が小さく動いた。
「頭痛あるのか。しばらく寝ときな。あ待って、その前にこれ飲んどけ」
残りのオーエスワンを差し出す。
「まさか樹が熱中症なんてな…。どうせさあ、お前のことだから無理しすぎたんだろ。最近グループの仕事もいっぱいあるもんな。だけど、あのときほんとに倒れてたらどうするの? 本末転倒だよ。樹ならそのくらいわかってるでしょ」
その瞬間、また言い過ぎたと思った。さっきも慎太郎に止められたのに。
「…わかってるよ…。ごめん」
珍しく申し訳なさそうに、暗い表情で言うものだからちょっと動揺する。
「ごめんじゃなくて。謝ってほしいわけじゃないんだよ」
ありがと、とぽつりとつぶやく。
「俺1人の現場だったら…って思うと怖かった。みんながいてくれて…、受け止めてくれてよかった」
俺は何も言わず微笑み、寝室を出る。
適当にクローゼットを探して出てきたタオルを水で濡らし、ベッドに横たわる樹の首の下に入れた。
「冷たいか」
樹は首を振る。頬のほてりも少し引いて、落ち着いてきたようだ。
「ほんとに仕事ない?」
「ないよ。もう終わり。だから夜までいられるけど」
普段だったら、一緒にいるときは嬉しそうにくっついてくるのに今日は何も反応がない。
「…申し訳ないとか思ってないよな」
樹はぎくりとして顔を強張らせる。いや、分かりやすすぎだろ。
「いっつも樹こんなにダウンすることないから、俺らも戸惑ってんだよ。どうしたらいいかな、ってきっとみんな思ってる。なのに本人に申し訳がられても…。だからまあ、メンバーだし、その」
「…照れてるとかないよな」
今度は樹が口を開いた。その目はちょっと嬉しそうに細くなっている。
「あー、やっぱ用事思い出した。帰るわ」
待ってよ、と引き止められる。
「来るって言ったの高地なのに。メンバーだから頼る。それでいい?」
「んじゃあ、例えばこれからどんなことする?」
樹は身体をこっちに向けて、
「水買うときはメンバーをパシる、とか」
おいおい、と笑いが溢れる。
「それは自分でやれ。だから、辛いときはすぐ言うとか。単純だろ?」
わかった、と素直にうなずく。
「もう大丈夫そうかな。帰るよ」
おう、と声がする。「ありがとな」
振り返ったら照れそうで、前を向いたまま言う。
「また体調悪くなったら連絡すること。しっかり水飲むこと。無理しないこと。いいね?」
おっけ、と樹らしい返事があった。
「あと熱中症は寝不足でもなりやすくなるらしいから今日はよく寝ること」
「…心配性だな」
「あーあと、撮影は後日に延期。絶対樹さんなら自分のせいだって思ってるだろうから、気になんかするなって監督からの伝言」
「ははっ、わかったよ。次は無理せずに頑張るから」
うん、と答えてドアノブに手をかける。
「……ずっと、スポットライトに当たってたら疲れるから。影で休めよ」
そんなことを言ってみたら、暖かい言葉が鼓膜を揺らす。
「高地も、みんなもね」
俺は樹を振り向いて「おやすみ」と笑いかけ、扉を閉めた。
終わり
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泣いた。アメリカが海になった。(なぜ?)