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時に恋は、人を盲目的にする。
リース・グリューエン皇太子殿下の暴走から数日、僕はこれまでに無いほど政務におわれていた。侯爵家のこと、行方不明になった父親のこと、そして、災厄のこと、弟のファウダーのこと。次から次へと押し寄せる問題は、収拾がつかなくなっていた。
暴走を止めたエトワール様は、未だ目覚めず、かといって毎度見舞いに行けるわけもなく、そんな余裕もなくと、慌ただしく寝る暇もなかった。
エトワール様に、ファウダーのことを打ち明けるのに時間がかかってしまった。言いたくなかったのは勿論のこと、彼女にだけは知られたくないと思っていた。黙っていたかった。
彼女とは、ただの魔法の師匠と弟子の関係でいられたらそれでいいと思っていた。
元々彼女を偽物だとか、偽りの聖女だと思っていたわけでもなければ、トワイライト様が現われたからと言って彼女への態度を変えようとは思わなかった。
そもそもに、僕とエトワール様の出会いは最悪で、ファウダーの手が触れてしまえばどうなるか分かったもんじゃないと、彼女の手を叩いてしまったことで、彼女に対して最悪の印象を植え付けてしまった。
それでも仕方ないと思った。
ファウダーにつけ込まれ、利用される犠牲者を減らすためには自分は嫌われても仕方がないと思ってしまっていたのだ。
けれど、エトワール様と関わるうちに、彼女にもっと近づきたいと欲が出たのも事実。
だが、彼女は何処か一線置いていて僕と親密に関わろうともしなかった。勿論、最初の印象が悪かった生だと分かっていても、僕がファウダーのことや他のことも濁したり、云わなかったりしたせいか、秘密主義者だとか、口下手とか思ったのかも知れない。彼女が結局の所僕のことをどう思っていたのかなど、彼女にしか分からないわけだが、それでも僕は強くて美しい女性だと、エトワール様の事を思っていた。
(あわよくば、彼女の隣に……)
感じたことのないこの複雑な感情は、長いこと僕を苦しめた。
恋だといってしまえばそれまでなのだろうが、何処か彼女に嫉妬している部分もあり、彼女が僕を避けていることを言い訳に、僕も彼女から一線置いていたのかも知れない。
でも、僕が彼女にファウダーの事を話すことが出来たのは、彼女の優しさをしっかりと受け止めて、彼女に僕のことを理解してもらおうと思ったからだ。
僕は誰にも頼れなかった。誰にも本音で話すことが出来なかった。嘘を交えて、言葉を濁して、誰も傷つかないように、外部に周りが不幸になる情報が漏れないようにと、ずっと耐えてきた。
それが決壊したのか、僕の壁を壊してくれたのがエトワール様だった。
彼女は、僕の内側に手を差し伸べてくれた。
ただ魔法の師匠と弟子の関係で、彼女は僕のことを嫌っていたはずだったのに。彼女の優しさに甘えてしまった。
だから、僕は彼女が目覚めたとき、彼女の役に立とうと思った。その機会が、今回巡ってきた訳で――――
「え、エトワール様、取り敢えず落ち着いてください」
「嫌だ! 力貸してくれるって、連れて行ってくれるって言うまで手を離さない!」
子供のように駄々をこねて、僕の手を離さないエトワール様をみて、どう反応すればいいか困った。彼女は感情的で、衝動的で、後ろで嫉妬の睨みを利かせているリース殿下など気にもならないぐらい、僕の手を強く掴んでいた。正直、リース殿下に殺されかねなかったが、彼女に頼られていることに関しては、何も嫌な気など起きなかった。寧ろ、ここで恩返しが出来ると思ったのだ。
(彼女の役に立てるなら……)
償いの気持ちもあったのかも知れない。どれだけ頭を下げても許してもらえることではないけれど、少しでも彼女の役に立てるなら、どうぞこのみを使って欲しいと思えるほどに。
貴族としてのプライドは、きっと彼女の周りにいる貴族の誰よりもある自信があった。侯爵家を守っていくことも、そして、皇族を支えていくことも、全て身に染みていた。貴族に生れてから、そうするべきだと、そうあるべきだと教わってきた。だが、今、目標であった父親は行方不明。侯爵家を守らなければならないという思いと相反するように、ただ一人の女性の役に立ちたいと。
「それで? ブリリアント卿どうなんだ」
「殿下……それは、勿論、断る理由もありませんし、お手伝いさせていただきます」
エトワール様も驚いているようだったが、僕自身もリース殿下に許しを得ることが出来たのは驚いたのだ。
エトワール様は、たった一人の侍女のために、危険な北の洞くつに行くといいだした。勿論、そこに行きたいと手を挙げる原因を作ったのは僕だったが、彼女は危険を顧みずに声を上げたのだ。
優しくて、強い女性。
その印象はずっと変わらなかった。変わっている、不思議な人であることには変わりなかったが。
「それじゃあ、ブライト……!」
「元からそのつもりでしたし、今転移魔法を使える、手が空いているのは僕だけでしょうから」
そう微笑めば、エトワール様はとても嬉しそうに顔に花を咲かせる。その笑顔だけで頑張れると思ってしまっている自分がいて、かなり盲目的になっているのだと思った。どれだけ危険かは、自分が一番分かっているのに、何でも出来る……そんな気がしてしまっていたのだ。
「二人分ならどうにかなると思います。それこそ、魔法石が一つ余っていたのでその魔力を借りる事とも出来ますし」
「その北の洞くつから取ってきた奴?」
「とは、また違うんですけど。あの距離であれば行きと帰りの分は持つかと。薬草を採ってすぐに、転移すれば大蛇との戦闘も避けられると思います」
リスクは避けたい。いつもそうしてきたのに、エトワール様が今すぐに行くというものだから、僕はその言葉で現実に戻された。何の準備もなしに、北の洞くつにいくなど無謀が過ぎる。だが、彼女の侍女の様態をみるに、すぐにいかなければ取り返しがつかないと。だから、急いで準備をし、北の洞くつへと向かうことになった。
洞くつ内では、エトワール様は怖いと先ほどの格好良くたくましい姿は何処に行ったかと思うぐらい少女のように震えており、僕は優しく宥めるしかなかった。抱きしめることも出来たのだろうが、そんな勇気は僕には無かった。きっと、彼女も望んでいないと、勇気が出ない言い訳をする。
(きっと、レイ卿やリース殿下なら出来るのでしょうけれど……)
そんなふうに、あの燃えるような紅蓮と、眩い黄金を脳裏に浮べて唇を噛んだ。彼らには及ばない。彼らは、人目を気にせず、エトワール様を奪い合っていた。それをみていると、滑稽に思えたが、勇気の無い意気地なしの僕からすれば羨ましいことで、立場など捨てて一人の女性を思える姿にはやはり憧れてしまう。
僕が、自分の立場を捨てられないのは、代々受け継がれてきた意思や言いつけ、風習様々な要因が重なってのことだろう。結局の所、最後まで僕は鎖に繋がれたまま動けないと言うことだ。目の前で笑顔を振りまくエトワール様をただみていることしかできない。
それは、僕だけじゃなく、彼もそうなのだろう。
「あ、あ、そうだった……その、魔道騎士団の団長……が、ブライトのお父さんで、それで……今は」
「未だに、父の騎士団は見つかっていないようです。最も、今、そんな捜索隊を出せるほど人手は足りていませんし、何処かで彼らなら大丈夫だろうと、思っているのかも知れません。何せ、帝国一の魔道騎士団ですから」
彼女から、父親の話を振られ、これもまた本当のことを言うべきか迷い、誤魔化した。
これは、僕の予想で想像であるが父親はきっとヘウンデウン教に捕まったか、あるいは寝返ったのだろうと。本当にただの想像ではあるが、正義感の強い父親であっても、ヘウンデウン教を目の前にして、戦い捕虜になればもしかすると……と言うこともあり得る。新自宅はないが、きっと、皇族側につくよりも、ヘウンデウン教についた方がいいと考えるだろう。あちらには、自分が信じている聖女がいるのだ。偽物と呼ばれているエトワール様を父親は信じないだろうから。
あくまで、想像で、妄想で、僕がそうであればいいと思ってしまったことではあるが。
父親には、多少殺意を抱いているから。
それから、魔法石の話や、薬草も無事見つかり、後は帰還するだけだといったところで大蛇に見つかってしまった。元から静かすぎると思っていたが、たちの悪い大蛇は薬草を手に入れるまで手を出さなかったのだろうと僕は考えた。知能がある故に、僕達が苦しむ慌てふためく姿を見たいのだと。
僕とエトワール様は必死に逃げたが、闇の中ではあちら側が有利だ。
「立てますか?」
「な、何とか。ごめん……なさい」
「謝らないで下さい。傷、大丈夫ですか?」
転んでしまったエトワール様に駆け寄れば、擦り剥いたところから血が流れており、今すぐに治癒魔法をと手を出せば、エトワール様はそれを断った。
「後ろに大蛇が迫っているの、私でも分かる。だから、ここから脱出したらにして。走れるから」
「ですが……」
「それに、闇の中じゃ、光魔法は弱くなるんでしょ? 治癒魔法にどれ暗い時間がかかるか分かったものじゃないから」
そう言って立ち上がったエトワール様は、出口へ急ごうと走る。だが、あっという間に追いつかれてしまい、その出口は塞がれてしまった。
呆然と立ち尽くすエトワール様に、迫る大蛇をみて、身体が勝手に動いていた。守らなければと身体が動いてしまったのだ。
「エトワール様!」
暗闇でも、彼女の顔がはっきり見えた。
「エトワール様、エトワール様!大丈夫ですか!?」
「ぶ、ブライト……」
背中に受けた攻撃は、非常に深いもので、このままではいけないと思った。治癒魔法は自分にはかけられない。かといって、エトワール様の手を煩わせるわけにはいかない。
「ぶ、ブライト、その……」
「うっ……」
「え?」
「エトワール様……これを使って逃げてください。やはり……一人分の転移しか魔力は、残って……いないようなので……この薬草を持って……皇宮に」
「ブライト……っ」
そう思って、僕はここに残ることを決めたのに、エトワール様は、魔法石を受け取ると、覚悟を決めたように僕を見た。
僕に魔法石を押しつけ、薬草を握らせると口を開く。
「ブライト、ありがとう」
「はい、エトワール様」
「リュシオルによろしくって伝えておいて、後、帰ってきて死んでたら許さないから!」
「えと、エトワール様!?」
身体が魔方陣の光によって包まれ、転移し始めたのをくらくらと揺れる頭で瞬時に理解した。彼女は何を考えているのかと、手を伸ばしたかったが、その力さえ無かった。
エトワール様は大丈夫だから、と言い聞かせるように笑う。そんなエトワール様を見上げながら、転移は完了し、皇宮にまで飛ばされた。
握られた薬草、魔力を失いただの石になった魔法石。
僕は、動かない身体に鞭を打って無理矢理身体を起き上がらせる。ポタリポタリと傷口から血が流れても、吹き出ても、僕は立ち上がって、殿下や、彼女の侍女が待つ部屋に向かって歩くことにした。
リース殿下には何を言われるか分かったものじゃない。けれど、エトワール様に頼まれたのだと、ただそれだけの言葉で動いていた。
ようやくたどり着いた部屋。僕を見るなり、皆目をぎょっと剥いて駆け寄ってくる。ブリリアントの名が泣くと心の中で笑いながら、薬草を差し出す。
「…………これを、彼女に。そして、すみませ――――」
そう、謝罪の言葉を述べようと思った瞬間からだが大きく傾いた。
(エトワール様、どうか無事で……)
自分の不甲斐なさと、大切な女性に守られてしまった情けなさの中、僕は意識を失った。