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「っ!」
急に抱き上げられ、私は驚いて思わず彼の首にしがみつく。
すると、私の肩にまわされた手が強まった。
と、浮いていた私の身体が地面にそっと座らされる。
私は彼の首にまわしていた腕をほどいた。
「ここで少し待ってろ」
彼はそう短く告げると、どこかへ行く。
かと思うと、すぐに帰ってきた。その手にコップを携えて。
彼は私の前に来ると、コップを私の口につけ、それを傾けた。
私は反射的に口内に入ってきた液体を飲み込む。
それは、冷たい水だった。
いつの間にかカラカラに乾いていた砂漠のような喉を、水が潤す。
「っはっ、はぁ、はぁ……」
と、コップが私の口から離れた。
私は縦に戻されたコップを彼から受け取る。
そのままぼうっとして、ひとつ息を吐いた。
「少しは落ち着いたか?」
彼が私の顔を覗き込む。
私は笑んだ。
「はい。ありがとうございます」
彼は少し安堵したようにこわばっていた顔を緩め、私の隣に座る。
ふと辺りを見渡すと、私たちは大通りから少し外れた人気の少ない路地裏にいた。
と、彼が口を開いた。
「外に連れ出して悪かった。もう少ししたら帰ろう」
私はその言葉に頷き、水を飲み干した。
そのあと私たちは王城に戻り、案の定こっぴどく叱られた。
両親にも姉にも、あのいつも優しいセシルにでさえ怒られた。
彼にも何度も謝られたが、別に悪いことしかなかったわけではないから、大丈夫ですよと言った。寧ろ助けてくれたことに礼を言った。
あの路地裏を見て、思い出したのだ。思い出すだけで頭が痛くなるような怖い記憶を。
そう、あれは九歳の頃。ちょうど十歳の誕生日の半年前だった。
あの日も私は城を抜け出した。ひとりで。
街中を歩いていると、ふと、脅迫しているような女の声が聞こえた。
その声のした方を辿っていくと、路地裏に着いた。
路地裏の中を覗くと……、そこには声の主らしき男の胸ぐらを掴んだ女と、複数人の大柄な男がいた。
足音で気づかれたのだろう。皆私の方を向いていた。
私は見てはいけない物を見た気がして、その場から急いで逃げた。
途端に、「追え!」と言う女の声も聞こえて、私は人混みの中をかき分けてただ夢中で走った。
王城の前に着いた頃には、あの怪しげな男女を撒けていた。
が、代わりに王城の前で待っていた家族に城の中に連れて行かれた、というのが一部始終である。