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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第7話 〚本棚の向こう側〛
放課後の図書室は、
昼とは違って、とても静かだった。
ページをめくる音と、
遠くで誰かが椅子を引く小さな音。
澪は、その空気が好きだった。
本棚の間を歩くと、
紙とインクの匂いが、胸いっぱいに広がる。
(……落ち着く)
最近、少しだけ世界が騒がしい。
席替え。
視線。
噂になりかけては、消えていく言葉たち。
それでも、
ここに来ると全部が薄くなる。
澪は、背表紙を指でなぞりながら、
探していた本を見つけた。
少し高い位置。
つま先立ちになって、
腕を伸ばす。
――その瞬間。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
(……?)
頭痛ではない。
でも、心臓の鼓動が、一拍だけ強くなる。
視界が、ふっと揺れた。
本棚。
夕方の光。
そして――
誰かの視線。
はっきりとは見えない。
でも、「見られている」という感覚だけが残る。
(……気のせい、だよね)
澪は息を整えて、
そのまま本を取った。
ページを開いても、
文字が頭に入ってこない。
さっきの感覚が、
じんわりと残っている。
――本棚の向こう側。
そこに、誰かがいたような気がした。
でも、音はしなかった。
足音も、声も。
(……最近、予知も変わってきてる)
前みたいに、
はっきりした映像は来ない。
代わりに、
理由のわからない違和感だけが残る。
「……澪?」
小さな声。
振り向くと、
入口の方に、海翔が立っていた。
「探してた」
その一言で、
胸の奥が、すっと軽くなる。
「……どうしたの?」
「担任に呼ばれてさ。終わったら、澪いなくて」
澪は、本を胸に抱えた。
「図書室、来てた」
「だと思った」
海翔は笑った。
「顔が浮かんだ」
その言葉に、
少しだけ、頬が熱くなる。
二人で並んで、
閲覧席に向かう。
その途中、
澪は無意識に、本棚の方を見た。
――誰もいない。
光だけが、
静かに床に落ちている。
(……やっぱり、気のせい)
そう思おうとした。
でも、心臓が、
もう一度だけ、小さく鳴った。
「……海翔」
「ん?」
「もし、さ」
澪は言葉を選ぶ。
「誰かに見られてる気がしたら……どうする?」
海翔は、少し考えてから言った。
「澪の勘なら、信じる」
迷いなく。
「一人にはしない」
その言葉は、
本棚よりも高く、
澪の心を包んだ。
「……ありがとう」
声は小さかったけど、
ちゃんと届いた。
本棚の向こう側に、
何があったとしても。
今は、
隣にいる人がいる。
澪は、そう思いながら、
本を開いた。
けれど――
違和感は、まだ消えていなかった。
静かに、
次の何かが近づいている気がして。