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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第8話 〚見えない視線の正体〛(恒一視点)
図書室は、嫌いじゃない。
静かで、
人の本音が表に出にくい場所だから。
本棚の影に立っていると、
誰にも気づかれない。
――いや、
気づかれないと思われている。
恒一は、
本棚の隙間から、彼女を見ていた。
白雪澪。
ページをめくる指。
少し伏せた睫毛。
周囲と距離を保つ、その姿。
(……やっぱり、可愛い)
昔からだ。
中二の運動会で走っている姿を見たとき、
心臓が変な音を立てた。
それからずっと、
視線は澪から離れなかった。
「高嶺の花」
「近寄りがたい」
そんな言葉を、
恒一は笑って聞いていた。
(違う)
本当は、
誰よりも静かで、
誰よりも無防備だ。
だからこそ――
守らなきゃいけない。
そう思っていた。
けれど。
「……」
本棚の向こう側に、
もう一人、いる。
橘海翔。
澪の隣に立つ存在。
自然に距離を詰めて、
当たり前みたいに名前を呼ぶ。
(……邪魔)
胸の奥で、
黒いものが、ゆっくり広がる。
海翔が現れた瞬間、
澪の雰囲気が変わった。
緊張が、少し解ける。
視線が、柔らかくなる。
恒一には、
その変化がはっきり分かった。
(なんで、お前が)
勉強もできて。
運動もできて。
人気者で。
それなのに、
澪のそばまで来る必要があるのか。
(澪は……俺の、だろ)
声に出してはいけない言葉を、
心の中で何度もなぞる。
恒一は、
自分が「見ている」ことを、
澪が感じ取ったのを知っていた。
一瞬だけ、
彼女の動きが止まった。
心臓が、反応した。
(……やっぱり)
澪は、特別だ。
普通の人間じゃない。
だから、分かり合えるのは――
「俺だけだろ」
小さく、呟く。
海翔が澪に声をかけたとき、
恒一の視界が、にじんだ。
胸の奥が、
きしむように痛む。
(奪われる)
その感覚が、
はっきり形を持った。
今はまだ、
表に出せない。
学校も、
大人も、
余計な目が多すぎる。
だから――
(……静かに、追い詰める)
視線だけでいい。
存在だけでいい。
澪の世界から、
少しずつ、余計なものを削っていけばいい。
恒一は、
本棚の影から一歩、下がった。
足音を立てずに。
気配を消して。
「……澪」
呼ばれることのない名前を、
口の中で転がしながら。
見えない視線は、
まだ、そこにある。
澪が気づこうと、
気づくまいと。
それは確実に、
彼女の日常に、影を落とし始めていた。