テラーノベル
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「……おい。真ん中の席なんて、他の部員に譲ってやれよ。兄貴は副部長だろ」
「副部長だからこそ、体調の悪い部員をケアするのは当然じゃない? 遥こそ、後ろで騒ぐつもりなら一人で座ればいい」
バスの入り口で火花を散らす二人。もはや周囲の部員たちも「あーあ、また始まった」という顔で、苦笑いしながら私たちの脇を通り抜けていく。
このままじゃ、バスが出発できない……。
「……あの、私、やっぱり……」
私が困り果てて口を開きかけた、その時だった。
「おい、そこ。いつまで入り口で固まってるんだ。出発するぞ」
低い、落ち着いた声が頭上から降ってきた。
見上げると、出席簿を手にした小谷先生が、眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めてこちらを見下ろしていた。
「……先生」
その瞬間、さっきまで私の隣で「作戦開始よ」と意気込んでいた部長の成瀬先輩が、目に見えて背筋を伸ばした。
「こ、小谷先生! 点呼は終わっています。……失礼します!」
先輩は顔を赤くしながら、先生の横を通り抜けて一番乗りにバスへ。宣言通り、先生が座るはずの運転席真後ろの席をガッチリと確保した。
「……で、朝倉。お前は一番前の補助席に座れ。酔いやすいのは分かってるし、忘れ物のチェックや点呼の補助をしてもらう。マネージャーの仕事だ」
「「えっ」」
凌先輩と遥の声が綺麗に重なる。
小谷先生は二人の抗議を無言の圧力で封じ込めると、私に「さっさと乗れ」と顎で合図した。
「……すみません、二人とも。仕事、あるみたいだから」
私は逃げるようにバスに乗り込んだ。
目の前には、運転席の隣に座る小谷先生の広い背中。そして通路を挟んだ真横には、念願の席を勝ち取って「紗南ちゃん、やったわ……!」と小刻みに震えている成瀬先輩。
バスが動き出す。バックミラー越しに、不機嫌そうな遥と、副部長として冷静を装いつつも視線を外さない凌先輩の姿が見えた。
「……助かった」
小さく漏らした独り言を、隣の成瀬先輩が聞き逃さなかった。
「……あんた、それが一番の波乱だって気づいてないでしょ、紗南ちゃん。先生の真横なんて、私にしてみれば一番の『特等席』なんだからね」
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