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ルーメンの表情を見てただ事ではないと察した俺は、誕生日のことは一旦置いておいて、彼の話に耳を傾けることにした。
「災厄で凶暴になったんだとよ。それで、村を魔物が襲うようになって」
「そうか……災厄か」
この身体の持ち主、リースはとんだ厄年に生れたのだなとつくづく思う。
災厄とは何百年に一回訪れる言わば自然現象のようなもので、その災厄は聖女によって払われる。だからこそ、聖女が召喚されたのだが……
ルーメンはその後も事細かく話した。
村の被害の規模や、魔物の目撃情報、そして対処法。それら全てを話し終わった後に、また彼は言いにくそうに口ごもった。
「何だ」
「何だって、何がだよ」
「まだ、言わなければいけない事があるのだろ? 早く話せ」
「いや、でも……」
と、ルーメンは言葉を濁す。
俺は、少しイラつきながら彼を待っていたが、それでも彼は話さないので、俺はダンッと机に拳をぶつけた。酷く鈍い音が二人きりの部屋に響き、ルーメンは肩をビクリと大きく上下させた。
「俺は忙しいんだ。エトワールの事で」
「それは、お前の私情だろ! 仕事が! とかだったら許したかも知れねえけど!」
「俺にとっては大切なことなんだ! 早く話せ」
俺の言葉を聞いたルーメンは、暫く黙った後、地団駄を踏み、俺の顔をキッと睨み付けた。
「ああ、もう、それだよ、それ。聖女様のこと!」
「エトワールがどうかしたのか?」
「察しが悪いな……いつもなら、すぐ分かってくれるのに」
などと、ルーメンは愚痴をこぼしながらも、俺に分かるように説明してくれた。
何だか嫌な予感はしたが、ここは素直に聞いておかないとまたルーメンがぐちぐち言うだろうと思った。そういう奴だから。
「今回の調査、聖女様も一緒だって言ってんだよ」
「エトワールがか?」
「ああ、皇帝命令でだ」
「何だと?」
ルーメンの言葉を聞いて、俺は思わず立ち上がった。
まさか、そんなはずはないと思いながらも、俺の脳裏には一つの考えが浮かんでいた。だが、分かっていたつもりで分かっていないフリをしたかった俺は再びルーメンに何故だ? と問う。すれば、ルーメンは分かるだろうと言いながら口を開いた。
「聖女だから。災厄で凶暴化した魔物を退治できるのは聖女だけだからだ。そりゃ、選りすぐりの騎士や魔道士も連れて行くだろうよ。お前も行くんだし……だけど、それでも足りない。だから、聖女が必要なんだ。そのための聖女……それが、聖女の役割」
「……分かるが、だが危険な調査なのだろ? それに、それだけ選りすぐりの騎士達を連れて行くなら……」
「災厄の恐ろしさは、聞かされているだろ? それに、今回この調査が成功すれば聖女様のイメージの回復にも繋がる」
「だが……クソッ、父上に抗議してくる」
「おい、待てって!」
俺は、部屋から出ようとドアノブに手をかけると、ルーメンに引き止められた。
振り返ると、彼は呆れた表情を浮かべていた。
まるで、聞き分けのない子供を見るような目でこちらを見つめる彼に、苛立ちを覚える。
しかし、彼は俺の手を離さなかった。
「何故止める。俺だけでも十分だろ。俺は、コレまでに数多の戦場に足を運び、そのたび勝利をおさめてきた。今回だって、そうだ。俺がいれば大丈夫だ」
「お前はいつもそうだよな。聖女様のことになると、周りが見えていない。子供か? もう少し冷静になれ。そもそも、皇帝に申したところで何かが変わるのか?」
「……」
「遥輝」
「ああ……」
俺は片手で顔を一掃しながら、落ち着きを取り戻すため何度も深呼吸をした。
ルーメンの話を聞いて、調査の危険性や魔物の凶暴性を聞いて益々彼女を現地へ行かせたくないという思いが強くなった。
確かに、それでは聖女は何のためにいるのかという話になってしまうが、それでも、彼女に少しでも危険があるなら避けたいという思いが。これは、俺のエゴで我儘で、それも全てわかっているし、彼女の役目も分かっている。だが……
ダンッ……と、もう一撃俺は壁に拳を打ち付けて、己を沈める。
「親という存在はいつも勝手だ。一言俺に直接言えば良いのに」
「……お前がそういう性格だって知っているからわざと俺に云ったんだろ」
「分かっている」
「俺も、親って嫌い。勝手に決めて、子供には何も言う権利ねえし……逆らえもしない」
と、ルーメンは過去の自分を見つめるように繰り返すと俺を見た。
その目は、何処か寂しげで悲しげで……
そんな彼の表情に、思わず胸が締め付けられるように痛む。俺は、ルーメンが前世、どういう家庭に生れどう育ったか知っている。勿論、俺の家庭についても知っているからこそ、そんなことが言えるのだろう。だから、親が……というが、それでも自分たちは逆らえないと諦めているような目をしている。
ただ、俺が彼を理解していると思いたかった。
「……はあ、分かった。お前の言うとおりにする。それが正しいんだろ」
「分かってくれて、ありがとな……じゃあ、俺はこれを聖女様に伝えてくるから」
「それでも、彼奴に何か危険があればすぐに転移魔法で、安全な場所に飛ばしてくれ」
「りょーかい、りょーかい」
そう言って、ルーメンは苦笑いをすると部屋から出て行った。
俺は、彼の背中を見送りながら、彼が聖女に伝えるであろう言葉を想像する。それから、エトワールがどう返答するかも。
(彼女は変わったからな……自分の役目だって、率先して手を挙げるだろう。断ることも出来ないだろうし……)
俺は、椅子に深く腰掛けながら天井を仰いだ。
彼女と一緒に何処かに行けるのは嬉しい。だが、彼女に危険が及ぶのは何よりも苦しい。
だが、苦しいという感情だけでこの事態が、皇帝の命令がどうにか出来るわけでは無い。俺は、そんな無力感と、彼女を守るという思いだけを胸に目を伏せた。
――――
―――――――――
「落ち着いて下さい、殿下!」
「落ち着けるものか! エトワールが、エトワールが!」
目の前で起きた惨劇に俺はただ我を忘れて叫ぶしかなかった。
目の前で怪物に呑み込まれていった、愛しの人を。俺は手を伸ばすだけで彼女が最後伸ばした手を掴むことは出来なかった。そうして、奪われた。
ルーメンは俺を抑えながら必死に俺に叫んでいるが、そんな言葉耳にも届かなかった。
ただ、エトワールが、エトワールが……
俺は、彼女の名前をひたすら繰り返していた。
「エトワール!」
周りの騎士達は、豹変した俺にポカンとした表情を向けるだけで動こうとしなかった。その姿が、様子が腹が立って、俺は思わず役立たずが! と叫びそうになったが、ギリギリ残っていた理性がその言葉を呑み込んだ。
俺は彼女に治してもらったばかりの身体を、剣で支えながらたち、赤黒い肉の塊を見た。それは、先ほどよりも大きくなっており三、四、五メートルとゆうに超え俺たちを見下ろしていた。だが、俺の心には恐怖よりも怒りが渦巻き、俺はそれをぶつけるように叫んだ。
すると、それに反応するように巨大な口が開き中から大量の触手が伸びてきた。
それをルーメンは、素早く切り落とし俺の方を見た。
「しっかりしてください、殿下! 今、ここの状況をどうにか出来るのは貴方だけです。指示を!」
と、ルーメンは俺に叫び、騎士達も一斉に俺の方を向いた。
頭では分かっているのに、身体は動かなかった。指示を出さなければいけない立場だと言うことも、冷静にならないといけないと言うことも分かっている。だが、エトワールを目の前で失った俺は、指示よりも先に、誰よりも先にあれに突撃することしか頭になかった。
あの肉の塊を全てそぎ落とし、彼女を救い出したい。彼女が生きているか確かめたい。ただそればかりだった。
そんな風に、怒りに飲まれていく俺の頬を誰かが思いっきり殴りつけた。
「……ッ!」
右へ飛ばされた俺は、頬を抑えながら、自分を殴った相手の顔を見上げた。
そこには、顔を真っ赤にしたルーメンがおり、再び拳を握って俺の方を見下ろしていた。
「ルーメン?」
「いい加減にしろよ! いつもお前はそうだよな。聖女様が関わると周りが見えなくなって、自分の命なんてどうでもイイみたいな顔しやがって。お前の命を救ってくれたのは聖女様だ! 無駄にするのか? お前が必死に聖女様を庇って、そうして聖女様はお前を助けた。何度も同じことを繰り返すな! 怒りに飲まれるな! 今、ここで指示を出せるのはお前しかいないんだよ!」
と、ルーメンは必死に叫んだ。
騎士達は、ざわめくが、ルーメンは俺の胸倉を掴んで立ち上がらせると拳を振りかざそうとした。
「……ダメです」
そう、言って止めたのはエトワールの護衛騎士で、彼は翡翠の瞳を曇らせながら俺とルーメンを見ていた。
「それ以上やったら、殿下は立ち上がれなくなります。どうか、おさめてください」
「……」
感情のない声に俺は、気味悪さを感じつつも、ルーメンの手を払い、少し冷静なった頭に手を当て、怪物の方を見た。
救う手はあるのかと。
冷静になってみれば、あんな怪物にどう立ち向かえば良いのか分からなかった。戦場で人を殺すのとは分けが違うと。
「……ルーメン」
「何だよ……何ですか」
「ありがとう……それを伝えたかっただけだ」
「……はい。まあ、皇太子を殴ったんで、俺の処分はあれかもしれませんけど……」
「俺がそうさせないから、安心しろ」
と、言うとルーメンは小さく笑った。
彼は先ほど自分を殴ったとは思えないほど清々しい顔をしていた。後で、感謝と説教をしてやらないといけないなと思いつつ、俺は怪物を見上げる。
さて、冷静になったはいいがあれをどうするかだな……
「打つ手は?」
「……今のところは――」
「まあ、あれが魔物じゃねえって気づいてない時点で、無理だろうな」
と、どこからともなく声が聞え、目の前に紅蓮が降ってきた。
「エトワールがピンチなんだろ? 力かしてやっても良いぜ」
「アルベド・レイ……?」