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ティアナはフレミー家の屋敷の庭に花達に水をあげていた。これが最後の水遣りになる。ティアナは明日、嫁ぐ。場所は随分と田舎で、もう此処に来る事も出来ないだろう。だが、やるべき事はやり切った。心残りもない。それも、彼のお陰だ。
ロミルダが亡くなり、足場を失ってしまったティアナはまた昔に引き戻されそうになった。マルグリットに言われた様に、もう護ってくれる人はいない。
(お祖母様がいなければ、私は、何も出来ない……)
情けなくてどうしようもない弱い自分。どうして自分はロミルダの様に強くなれないのだろう。でも、そんな事も、何もかもどうでも良い……そんな風に思った。だけどあの日、彼が言ってくれた。
『君のお祖母様は確かに立派な方だったかも知れない。でも君は君だ。彼女の様になる必要などないよ』
自慢の祖母だった。ずっとロミルダの様になりたかった。自分なりに必死に努力してきた。聡明で強くて慈悲深く、淑女の鑑といえる祖母。ティアナは勉学も淑女としての立ち振る舞いも、甘えない様にと、強くある為に学院に入学する頃には生家に戻り暮らした。人を救える様に花薬の事だって、必死で学んだ。慈善活動だって積極的に参加した。でも、何をしても思う様にはいかなくて、何時も祖母が眩しかった。
(だからせめて、何時もお祖母様と同じ笑顔でいようと決めた)
『その笑顔の方が、僕は好きだな』
(でも彼は、私は私のままでいいと、言ってくれた。私の笑顔を好きだと言ってくれた)
だから最後くらい自分らしく、今自分に出来る事をしようと思えた。ミハエルとの約束を果たすべく、慣れないお菓子作りをした。仲介人のニクラスには、ロミルダが亡くなった事、もう花薬は作る事が出来ない趣旨を認めた手紙を用意し、次彼がフレミー家を訪れたら渡す様にモニカに託した。モニカやハナ、ミアはフレミー家で働ける様に伯父のザームエルに頼んである。幼馴染のユリウスにも手紙を書いた。本当は最後に彼の顔くらい見てちゃんとお別れをしたかったが、仕方がない。だがこれで、もう思い残す事もないだろう。
ティアナは改めて庭を見渡した。ロミルダとの懐かしい思い出が蘇ってくる。庭の管理はモニカに頼んであるので不安や心配はない。ただ、寂しい、それだけだ。
暫くしてティアナは馬車に乗り込んだ。アルナルディ家に戻る前に、最後にもう一度ロミルダに会いに行く。
シスターに挨拶をして、庭を通り過ぎ林を抜けて墓所に辿り着いた。満開の花が咲き乱れ、まるで花畑みたいに美しい。この墓所は少し前まで何ら変哲もない普通の墓所だったのに不思議だ。きっとこれもロミルダのお陰なのだろう。この場所の花達も、フレミー家の庭の様に何時迄も咲き続けるに違いない。
「お祖母様。私明日、嫁ぎます」
近くの花がまるでロミルダの代わりに返事をする様に風に揺れる。
「かなり田舎へと嫁ぐので、多分もう会いに来る事も出来ないと思います……ごめんなさい。お祖母様がいたから、今私はこうしていられるのに、薄情な孫で、本当にごめんなさい……ごめんなさい」
ティアナは子供の様に蹲る。この数日、悔いのない様にと過ごした。やるべき事はやった、思い残す事はない、そう思った筈なのに……。
(どうして、こんなに虚しいのだろう)