鷲本憲和弁護士の不倫相手として現在判明している女性は三人。僕の妻の夢香と只野佐礼央の元妻の詩多子、そして望月茉利子。鷲本夫妻の被害者同士で結束して、あの悪徳弁護士どもに戦いを挑もうと考えたが、残念ながら佐礼央はすでに死亡している。
六月、僕は望月茉利子の夫の保と連絡を取った。保・茉利子夫婦はともに27歳の若夫婦。保の母親と小学生の娘との四人暮らし。保は自動車部品メーカー勤務、茉利子は専業主婦。三月まで藤沢に暮らしていたが、保の転勤に伴い遠方の県に転居した。
茉利子と憲和の不倫は転居前からだろうが、四月以降茉利子はわざわざ新幹線に乗って憲和に会いに来ている。興信所の所長が言っていた通り、どこの不倫カップルであっても頭の中はお花畑なのだろう。交通費はきっと憲和が出していたに違いないけどね。
新幹線に乗って、僕の方から保に会いに行った。待ち合わせ場所は保が指定したカフェ。もちろん初対面だがサレ夫同士という妙な連帯感のある僕に対して、保の方は最初から表情が固く、最後まで僕に対して心の距離を縮めることはなかった。
茉利子と憲和弁護士の不倫の証拠写真をテーブルに並べると、保はふうっとため息をついた。僕も夢香の不倫の証拠写真を目にしたとき、同じ反応だった気がする。なんというか、怒りより悲しみが先に来て、力が抜けてしまったのだ。
「これはいつ撮影されたものですか?」
「四月から五月にかけて複数回と聞いてます」
「相手は?」
「鷲本憲和という横浜に事務所を構える弁護士です」
「そうですか……」
保が目を隠すように顔を手で覆った。しゃくり上げてもいるから泣いているのだろう。
「ショックを与えてしまったようで申し訳ありません」
「あなたが悪いわけじゃないので気にしないで下さい。実は僕ら夫婦は七年前に妻の不倫が発覚して、再構築したのに家庭内別居の状態がずっと続いて、今年の一月に再々構築して妻とやり直しを誓い合ったばかりでした。また不倫されていたにしても、再々構築した時点で終わったことならいいなと期待していたのです」
七年前に奥さんに不倫されて再構築したのにずっと家庭内別居で、今年の一月に再々構築? 詳しいことは知らないが、まだ若いのに奥さんに好き放題にされて、この人もけっこうヘビーな人生を歩んでいるようだ。
「今年の四月、五月なら再々構築後ですね。しかもわざわざ新幹線に乗ってそんな遠くまで……。妻がその弁護士の事務所に相談に通っていたのは知ってました。その頃、僕は妻の不倫を疑ってましたが、まさか弁護士と不倫していたなんて……」
「僕の妻もこの男と不倫してました。望月さん、立場を利用して依頼者まで食い物にするこの男が許せないと思いませんか?」
「どうでもいい」
と即答された。サレ夫同士連帯して鷲本夫妻と戦いたかったが、どうやら望月保は戦力にはならないようだ。
「許せないというなら僕自身かな。心のない相手と再構築しようと何年も必死にもがいていた愚かな僕自身が一番許せない」
「失礼ですけど、僕の妻と同様にあなたの奥さまも、僕らとは違う種類の人間のようです。あまりご自身を責めない方が……」
「茉利子が普通じゃないのは分かってる。そんな妻と別れられない僕が一番どうかしている」
目の前に座っているのに、もう望月保には僕の顔など見えてないようだった。休日に遠くまで会いに来たのに徒労に終わった。僕の方も彼に対する興味をすっかり失って、それからすぐ証拠写真だけ渡して、彼と別れた。
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