同日同時刻東京区世田谷若林 世田谷通り太子堂交差点
その白いバンは、猛スピードで赤信号の交差点を走り抜けて行った。
後方からは、2台の黒バイが、サイレンを鳴らしながら追尾している。
バイクのフロントカウルには、小型カメラが取り付けられており、赤色灯は車体後方低位置に設置されている。
対象車からは視認しにくい特殊な車体は、排気量1200CCのエンジンを搭載し、唸りをあげながら白いバンに迫っていった。
スピードメーターは、既に80キロを超えていた。
磯海倖汰は、元兵庫県警の白バイ隊員で、並走して走る湯沢絢香とは全国技能コンクールで度々顔を合わせていた。
それが今では、特捜機動隊で同じ任務についている運命に、磯海は腐れ縁を感じて、チラリと絢香を流し見た。
長い黒髪が風になびいて、場違いにも美しく思えた。
「髪なんて切ってしまえばいいのに…」
磯海はそう思いながら、アクセルをめいっぱいに開いた。
スピードメーターは100キロを超えた。
広域窃盗犯を乗せた、白いバンの車体が迫る。
ヘルメットマイクから、絢香のハスキーな声が聞こえた。
昔、
「女にしとくのは勿体ない」
と、和歌山県警の警部補が言っていたが、時代遅れな発言に、目眩がしたことを思い出して磯海は密かに笑った。
「イソッチ!奴ら銃持ってるよ!やばくね?」
絢香の声と同時に、バンのバックドアが開いた。
ピストルを構えた男達の姿が見える。
磯海は、黒バイの車体を傾けながら減速し、絢香の後へと下がった。
「私を盾に使うんんじゃねえ!」
絢香が叫んだその時、銃声が鳴り響いた。
アスファルトに弾けた弾丸が、絢香の腕をかすめ飛んだ。
「いってえ!」
「大丈夫か絢香!」
「挟み討ちにしようぜ、てか大丈夫、血が出た!」
「オーケー!」
「この先世田谷駅じゃん!イソッチ、線路突っ切って先回りしてよ!」
「了解!電車来ねえよな?」
「来ない来ない!運転士もいないって!」
白いバンは、松陰神社交差点を直進した。
磯海は右折し、東急世田谷線軌道敷内へと侵入を開始した。
別れ際に、ガッツポーズを見せていた絢香の腕からは、赤い血が滴り飛んでいた。
「負けらんねえ!」
磯海はアクセルを全開にした。
線路の砂利が宙に舞い、車体も激しく揺れた。
スピードメーターの針は、120キロを指していた。
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