世田谷駅相対式ホーム上り線には、2両編成の電車が停止していた。磯海の黒バイは、下り線線路上を70キロのスピードで走り抜けていた。
前方の世田谷駅には、踏み切りが見えており、その手前の数メートル先の下り線を、電車がスピードを落とさずに前進していた。
行先表示板には『試運転』と書かれてあった。
警笛を鳴らす電車は、磯海の黒バイとの距離を縮めつつある。
目前に迫る電車と、黒バイが巻き上げる砂利が音を立てながら弾け飛んだ。
ホーム上の駅員は、何かを叫んでいた。
黒バイは、世田谷駅を通過して踏切へと差し掛かり、磯海はバイクを大きく左へ傾けながら叫んだ。
「バイクも急には停まれねえんだよ!」
黒バイと激突してへし折れる遮断機。
けたたましい電車のブレーキ音と、世田谷駅に鳴り響く警報音。
転倒する黒バイのボディが、アスファルトに擦れて火花を散らしている。
磯海の身体も、道路を滑りながらファミレスの駐車場へと転がっていった。
同時に、すぐ側で衝突音がした。
踏切内で停止する電車に、白いバンが激突して煙をあげた。
そこへ現れた絢香の黒バイは、サイレンを切ってゆっくりと停車した。
駐車場のフェンスにぶつかった磯海は、花壇に突っ込んだ自分の黒バイを横目に、絢香の元へと歩み寄った。
絢香は申し訳なさそうに、
「ごめん…イソッチ…」
と、伏目がちに言った。
磯海は、
「何が誰もいないだよ…馬鹿野郎…」
と、冗談めかして言うのがやっとで、己の強運に感謝していた。
その時、バンのバックドアが開いた。
磯海と絢香は、とっさに銃を構えた。
転がるように出て来たパンツ1枚の中年の男は、猿ぐつわをされた口元を必死に動かしていた。
その男は、地面を這う様にして、ふたりの元へ近付いて来た。
口元からは、大量の涎が溢れていた。
煙の立ち上るバックドアの隙間に光が走る。
瞬時に銃声が轟いて、猿ぐつわの男の尻から大量の血が流れ出た。
絢香が叫んだ。
「撃て!イソッチ!」
その言葉と同時に、バンは爆発炎上した。
熱風と爆音。それに破片が周囲に飛び交う。
磯海の身体に、無数のガラス片が突き刺さった。
絢香は、猿ぐつわの男に覆い被さりながら叫んだ。
「イソッチ!生きてる?」
「生きてるよ!てか痛ってえ!!自爆しやがった!やばくね!?」
地面にうずくまる磯海の身体は、突き刺さったガラス片で血に染まっていた。
絢香はギョッとして、
「痛い?イソッチ…?」
「痛えに決まってんだろ!バカ!」
「マジかあ…」
「マジだよ!」
「死んじゃう?」
「死なねえ!」
磯海の言葉に、絢香は安堵した。
神経が生きている証拠なのだ。
だから、磯海は死なない。
そう思った。
絢香は、覆い被さった男の猿ぐつわを外して声をかけた。
「しっかりして!名前は?答えられますか?」
「桂です…気象庁の…」
「気象庁!?」
「はい…」
「役職は…?」
「気象庁長官、桂林太郎です…」
桂の身体は、痙攣を始めた。
その大腿部からは大量の血液が流れ出て、アスファルトを赤黒く染めていった。
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