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マジマジと見つめたあと、真顔で拾い上げた。
表情にまで繋げてしまうと、笹尾の前で破顔してしまうので、それを貫き通して。
「はい、どーも。ま、あいつには川口さんの件でストレス溜まってて魔がさした……までに留めとこっか、余計なこと言うなよ? 傷つけるだけだし」
「……は、はい、言いません」
「あのさ」
静かに答えた笹尾に、坪井もまた静かな声で語りかけた。
「あいつは”自分”が怖かったり傷つく分には弱いんだよ。でもさ、笹尾さんみたいに目の前で他人が傷つけられてたら、動けちゃう奴なんだよ、なんかすっげぇ強くなってさ」
「……そうなんですか」
「そ。悪いこと言わないからさ、やめときなよ。虚しくなるよ、そーゆうの利用しようとすればするほど」
眉尻を情けないほどに下げて笑った坪井を、笹尾は困惑の目で見つめる。
「実体験……って、言い方ですね」
「まあ、近いかも」と答えて、ドア横の壁にもたれかかる。見れば、ポケットからタオルを出して、笹尾が涙を拭っていた。
「言うほど泣いてなくない? 何アピール?」
「坪井さん思ったよりヤバそうなんで、白旗アピールです」
はは、それいーね。と、適当に答えてから笹尾に背を向け、ドアノブに手をかけた。
そして、首だけ振り返って尋ねる。
「俺、もう出るけど笹尾さんどうする? 泣くんなら泣いてていいけど」
「……出れます」
「へー、そっか。ま、白旗アピールだしね。しぶといっていうか、図太いっていうか」
ドアを開けて「どうぞ」とわざとらしく優しい声を出して笑いかけた。
笹尾は、その声が恐ろしいとでもいうように、極力目を合わせようとせず。坪井の横をすり抜けてフロアへ小走りで出て行った。
(ま、こんなもんかなぁ。やりすぎて辞めても立花が責任感じそうだし。関係なくても)
ふう、と大きく息を吐いてから笹尾の後を追うように、自分のデスクへ向かう。
すると、そこにはすでに川口と高柳の姿があった。
「もう戻っていたのか」
高柳は川口のデスクに座り、長い脚を優雅に組みながら坪井に声を掛けてきた。
その隣で、どんよりと突っ立っているのが本来そこに座っているはずである川口だ。
「はい、笹尾さんに話聞いてたんで」
「立花さんは? どこにいる?」
「2階です。着替えてると思いますよ。小野原さん達と帰らせようかと思って」
「それがいいな」と軽く頷き、立ち上がる高柳。チラリと隣で縮こまる川口を見て言った。
「それはそうと、川口と話したが」
名前を出され、ビクッと肩を震わせる。
長身の高柳の隣にいる川口の姿は、まるで悪巧みを叱られている子供のようで何とも情けない。
「ああ、はい」
いくら坪井が冷たい視線を送ったところで、目が合わないのだから、未だ消えない怒りはどこにやれというのか。
「川口絡みで辞めた人間がいることは聞いているし、今度の4月は新部署ができたりと、恐らく人事も大きく動くだろからな。ついでと言うには聞こえが悪いが川口を動かそうかとも思ったが」
“思ったが”と言うからには、残念ながら実現はしないのだろう。あからさまに不機嫌な顔を向けると、高柳は愉快そうに口元に弧を描いた。
「え? 俺まだこの人と仕事しなきゃいけないんですか? いっつも仕事押しつけられて、挙句立花に濡れ衣着せて巻き込んだような、この人と?」
「わかってるだろう。何も起こっていない訳だから何もできない」
「まあ、そーでしょうけど」
(立花が巻き込まれてなきゃ、放置してもうちょい大ごとにできたけど……仕方ないか)
はあ、と。高柳にも川口にも聞こえる盛大なため息をついて答えた。
その様子に小さな笑い声を上げた高柳が、笑いを止められないままに話す。
「今回は、だ。それに、川口の俺には見せない一面もしっかりと把握できた訳だからな。便利になったものだ最近は」
言いながら預けていたスマホを坪井に手渡してきた。
(いや、絶対知ってましたよね)
心の中で悪態をついていると、高柳と目が合った。また、楽しそうに笑いだす。
「次はない、ということで。頑張ってもらおうか」