テラーノベル
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結局、食卓を囲む間、リリアンナはほとんど必要最低限の言葉しか口にしなかった。
ランディリックもそれ以上追及することはせず、銀器の触れ合う音だけが広い食堂に響く。
重苦しい沈黙が、食後のティータイムまで尾を引いた。
その空気を破ったのはお互いに食事を終え、執務室に戻った直後のことだった。
「旦那さま!」
慌ただしく駆け込んできたのは、若い侍女のひとりだ。顔を上気させ、息を切らせている。
「カイルさまが……! カイルさまが、意識をお取り戻しになりました!」
ランディリックの傍で机に向かっていたリリアンナの肩がビクリと震える。
「本当なの!?」
瞳を大きく見開いた彼女は、今にも駆け出しそうな勢いだった。
その様子を視界の端に捉えたランディリックの眉根がわずかに寄る。
だが、態度には出さないよう気を付けながら、抑えた声で告げた。
「……分かった。すぐに確かめに行こう」
その声音には、どこか張り詰めたものが滲んでいた。リリアンナが「約束通り私も!」とばかりに、立ち上がるランディリックをじっと見つめてくる。ランディリックはそんなリリアンナの期待に満ちた表情を見て、胸の奥に得体の知れないざわめきが広がっていくのを感じた。
***
報せを受けてすぐ、執務室を出たリリアンナは、ランディリックの後ろを付き従うようにして医務室へ向かう廊下を歩く。
足の長さが違うからだろうか。ランディリックはそれほど足早に歩いているようには見えないのに、気が付けば先を行くランディリックの背を、リリアンナは小走りで必死に追っていた。それがはやる気持ちに拍車をかける。
(カイル、本当に目を覚ましたのよね……!?)
胸の内で何度も彼の名を呼びながらも、リリアンナは懸命に足を動かす。小走りなのがもどかしい。本当は全速力で走り出したいけれど、そんなことをすれば令嬢にあるまじき振る舞いだと叱られてしまうだろう。だから駆け出すことは許されない、と分かっていた。
だが、医務室の扉が視界に入った途端、堪えていたものが決壊してしまう。
「カイル!」
リリアンナはランディリックの横をすり抜けるようにして、無意識のうちに駆け出していた。 慌てて制止するランディリックの声が聞こえてきたけれど、リリアンナは止まることが出来なかった。お小言ならあとでいくらでも受ければいい。今はただただカイルの無事を確認したかった。
勢いよく扉を押し開けたリリアンナは、老医師セイレン・トーカの「リリアンナ様」という声を背中に浴びながら医務室最奥――カイルの寝台へ駆け寄る。
そこには枕へ頭を埋めたまま、うっすらと瞼を開けたカイルの姿があった。まだ蒼白な顔に汗が滲んでいるが、その眼差しは確かにリリアンナを映してくれている。
「カイル!」
リリアンナが呼び掛けると、
「……リリー嬢」
カイルの口から掠れた声が零れる。 その一言に、リリアンナの胸が大きく波打った。
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