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朝から観察して気が付いたらことがある。今日の仁人は分かりやすく不機嫌だ。
テレビ前のソファを2人分占領して座っていることとか、ふてぶてしく腕を組んでいることとかはまあ、いつも通りだとして。いやほんと、これがいつも通りなのどうにかしろって。2人の部屋だよ?俺どこに座れば良いの?
それはともかく、唇もずっとチュンチュンととんがって、このままスズメにでもなってしまうんじゃないかと心配になる。ほっぺたも膨らんで、たくさんお米を頬張った小鳥さんかな?
「じんちゃんどったの?ご機嫌ななめ?」
ソファの裏からほっぺをつついて話しかける。もちろん口からお米がポロポロ、なんてことはなく、代わりに突き刺さるのはあからさまに「うぜぇ」という視線。
「なぁに?俺なんかした?」
「別に。」
そうしてまたフイと目を瞑ってしまう。なんだなんだ、理由がさっぱり。
記念日忘れてるとかは俺に限ってあり得ないし。てか仁人が数えてないことまで俺は数えてるし。
つい昨日だって、仁人と初めて飯を食いに行った日12thアニバーサリーだと寝る前に伝えたら、「あー、やばい。逆になんも嬉しくねぇわ!」というお言葉を頂戴した。
一応俺の名誉のために言っておくと、これは普段のじゃれあいなので仁人の機嫌に関係するわけがない。本当に、どうした?
「忙しくて疲れてきた?」
「いや、それはマジで違う。楽しいよ」
「じゃあ、何か嫌なことあった?」
「別に…」
「なんとなく不機嫌?」
「理由はあるよ、流石に。それ許されるの5歳児まででしょ」
はい、お手上げです。
八つ当たりでもしてくれれば逆に楽ってもんなのに。これ以上しつこくしても、じんちゃんの眉間がしわくちゃになってしまうだけなので、ここは一旦手を引こう。
本当はしばらく眺めていたいけど、そろそろ自分の朝ごはんを用意しないと、俺の方が空腹で不機嫌になる。
実際、俺の腹は元気よく「もう我慢できねぇ!」と叫んでる。
一応仁人を気にしつつ、テキトーに食パンを3枚オーブンに入れる。今日は珍しく朝ごはんをちゃんとした時間にちゃんと食べられそうなので、前に共演した方から頂いた缶詰のスープでも開けようか。
流石に芸能界で生きるアイドル2人の共同生活は、頂き物が溜まっていく。こんな時に有意義に使っていかないと。
「仁人もスープ飲む?」
「ん?あー…うん…まぁ…」
なんとも歯切れが悪い。なんだ今日のコイツ。マジでどうした。一晩のうちになにがあったの?
「仁人のも作るかんな〜!」
「え、ああ、」
「来なくて良いって、座ってろよ」
「あぁ……ありがと」
コーンスープの素みたいなやつを、多分レンジでも良いんだけどわざわざ鍋に入れて、牛乳と混ぜて温める。
コトコトコト。
鍋から優しい音がする。
佐野飯なんて言うとりますけど、朝飯をまともに作るくらいは余裕ですからね。
ちょっと高級なスープにぴったりな綺麗なスープ皿は、成人男性2人暮らしの家にはない。だからちょっと前に福引で当てたキャラものの深皿にそれぞれよそって、はい完璧。
知らん間に焼き上がっていたトーストは、もしかしたら仁人に一口あげるかもしれないのでマーガリンを塗っておく。
別に、俺は腹いっぱいになれば良いけど、仁人には美味しい状態で食って欲しいじゃん。
2人分の朝ごはんの匂いがリビングに広がる。それまでソファのど真ん中に座ってた仁人も、俺の分のスペースを開けて待っていた。
「ほい、これ」
「あ、ありがとう」
トーストと自分の分のスープはローテーブルへ。もう一つのスープは仁人に直接手渡すと、ふにっとした両手でデカい陶器皿を包み込んで、そっと淵に顔を近づける。
仁人が、ふぅーっと息を吹きかけると、水面から反射した空気で前髪がふわっと持ち上がる。
セットしてない重ためな前髪がチロチロと揺れて愛おしい。
「ねぇじんちゃん」
「なに?」
「怖い夢でもみたの?」
ピクッと肩が揺れた。さっきまで一生懸命冷ましていた唇は、小さく空いたまま。仁人の目がおっきくパチリと開かれる。
「は?え?ビンゴ?」
全然ふざけて聞いただけだったんだけど。
「…え、いや、別に?」
「もう無理だってそれは」
なに、なんなの。理由のない不機嫌は5歳児までとか言っといて、全然不機嫌の理由が5歳児じゃん!
「なにお前、かーわい…」
つい口元が緩んじゃって、漏れ出た本音。それを聞いた仁人の眉毛が吊り上がる。
「ばっ…!別に良いだろ!」
「え、全ッ然良いよ!」
「ああ!ウゼェ!!!」
顔をくしゃっと寄せて、地団駄を踏む。途端にストレスを感じたウサギさんみたいに見えてきちゃって目が離せない。
態度のデカい土木屋のおっちゃんみたいな座り方しながら、朝から「今日の夢怖かったなぁ…」って考えてたんだコイツ。俺が起きてくるまで、心細かったりしたの?さっきダル絡みした時、ちょっとホッとしたりした?
ダメだ、ニヤつきが収まらない。
「もう!うるせぇなぁ!」
「俺なんも言ってないじゃん!」
「顔がうるせぇの!顔が!」
噛み付きついでに抗議をするように俺の皿からトーストを奪って口に運ぶ。やってやったぜ、みたいな顔をしているけど、元から盗られる予定だったから問題ないよ、じんちゃん。
「美味い?」
「う”ん」
ちょっと喉に引っ掛けたようなイラついた声。でも、不機嫌の裏にホッとした顔を覗かせて、モグモグしながら頷くこの愛おしい生き物を、俺はどうしよう。
「ねぇ、仁人」
「…なに?」
「くる?」
なんでもないように、右腕を広げる。
慰めたいわけじゃない。ただ、抱きしめたいだけ。あんまりにも可愛い俺の恋人。
「…勇斗…お前、ほんっとうにずるいかんな!」
おずおずと入ってきた体温を両腕で包んで離さない。
不機嫌でも、子供っぽくても、可愛くても、俺は仁人の全部が大好きだよ。
心の中で思っていただけだったのに、仁人の耳は真っ赤になっていた。