テラーノベル
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道すがら名前を聞くと、「山田らん」だと教えてくれた。らんちゃんか、響きが優しくていい名前だ。
他愛もない話をしながらスタジオに到着し、「どうぞ」と扉を開ける。僕にとっては日常の、少し重苦しい防音扉。けれど彼女にとっては、未知の世界への入り口なんだろう。入り口で足を止めて、キラキラと目を輝かせている姿がなんだか微笑ましい。
先に着いていた若井と涼ちゃんに「おはよー」と軽く挨拶して、僕はいつものルーティーンで準備を始めた。けれど、どうも今日はスタジオ内が静かだ。スタッフもメンバーも、みんなが一点を注視しているのが空気でわかる。
その直後だった。
「その子だれ!?」
若井と涼ちゃんの声が綺麗にハモって、スタジオの空気を震わせた。
ギタリストとキーボーディストの肺活量をなめてはいけない。その大音量に、隣にいたらんちゃんがビクッと肩を跳ねさせた。
「あ……」
咄嗟に体が動いた。彼女はさっき、音が突き刺さるように聞こえると言っていた。
気づけば僕は、彼女の背後に回って、その小さな耳を両手でそっと包み込むように塞いでいた。手遅れかもしれないけど、これ以上彼女に痛い思いをさせたくなかった。
そのまま、驚愕の表情で固まっている二人とスタッフたちに、淡々と「事実」だけを告げる。
「さっき外で出会って、連れてきた。今日は見学してるから。あ、あと今日は騒ぐなよ」
僕がそう言うと、スタジオ内は別の意味でざわつき始めた。
スタッフさんはヒソヒソと顔を見合わせているし、若井は「出会って連れてきたって、誘拐かよ!」とでも言いたげに口をぽかんと開けている。涼ちゃんに至っては、「騒ぐなよ」って言ったそばから「え、なに? 結局だれ!? 親戚!? 隠し子じゃないよね!?」とパニックを加速させている。
まったく、騒ぐなって言ったのに。
僕はらんちゃんを、僕がいつも座っている一番良い位置の椅子に座らせた。少し戸惑っているようだったけれど、彼女の「現場を学びたい」という真剣な眼差しは消えていない。
「……よし。じゃあ、始めようか」
あいつらの動揺は放っておこう。
今日は、僕たちの音楽がどうやって生まれるのか、その「心臓部」を彼女に全部見せてあげるつもりだ。
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🌹はなみせ🍏