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#溺愛
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「お話があります」とアーデンがひとり執務室で仕事をしているとシェイラ嬢が入ってきた。
ルーカスとヴァージルは物産展に出品する商品の確認に領都エルガイムまで行っており不在だ。
きっとそのタイミングを狙っていたのだろう。
「どうされましたか?なにかご不便でも?」
最近、シェイラ嬢と旦那様はずっと一緒にいる。
アーデンはなんとなく悪い予感がしていたが、友好的にやり過ごそうと口角を上げた。
「単刀直入に聞くわ。ルーカスお兄様と貴女、愛し合って結婚した訳ではないのでしょう。貴女、お兄様に愛されていないわよね?」
(やっぱりその話か)
「私だけでなく旦那様にも関わってくるお話ですので、ご返答は旦那様のご意向も確認させてくださいね。ですから、いますぐにこのご質問にお応えすることは控えさせていただきますね」
アーデンは顔を上げてシェイラ嬢の顔を見て、丁寧ながらもきっぱりと言い切った。
その態度が「蝶よ花よ」と育てられたシェイラ嬢には気に食わなかったのだろう。ムッとしたのが見て取れた。
一瞬、アーデンも子供っぽくムキになり過ぎたと思ったが…
最近、シェイラ嬢は旦那様にべったりでアーデンは快く思っていなかったので、少し強く言い返すぐらい許してほしいと思った。
お飾り妻の可愛い嫉妬ぐらい…
「貴女ね。誰に口を聞いているのかわかっているの。私は公爵令嬢よ」
可憐で愛くるしいシェイラ嬢なのに、いまは酷く顔を歪ませて、悪意そのままをアーデンに向けてきた。
(なるほど。シェイラ嬢は、このタイプか)
学園に在学していた頃にもこの身分や容姿を傘に着るタイプの令嬢という生物はいた。
「私が法律よ」と思っている。
アーデンは執務机からわざとゆっくりと立ち上がった。
一瞬、シェイラ嬢が構えて、そして怯んだ。
「お言葉ですが、身分のお話をされるなら私は公爵夫人です。同等、いや私は「夫人」ですからそれ以上ですよ。お話は以上ですか?申し訳ありませんが、仕事が立て込んでおりますので、いまはシェイラ嬢のお茶のお相手も出来そうにありません」
(意訳すると「あなたのくだらない話には付き合っていられないから帰れ」だけど、まだまだ若いシェイラ嬢には通じるかしら?)
アーデンに経験値の違いからあっさり言い返されたシェイラ嬢は相当悔しいのだろう。眉を吊り上げて顔を赤くしていた。
「よくも私にそんなことを言えるわね。地味で冴えない貴女はわかっていないから、わたしがはっきり教えてあげるわ。ルーカスお兄様にふさわしい妻はわたしよ」
シェイラ嬢はこれまた一段と意地悪な顔をした。
これまでどうやって育てられたら、そんな発言ができる令嬢になるのだろうとアーデンは別の意味で感心してしまった。
「シェイラ嬢のお気持ちはよくわかりました。私の容姿のことはどのように思っておられても構いません。それに私が旦那様の妻である事実には変わりありませんから、ひとつのご意見として心に留めておきます」
アーデンがここで平静を失うと、大人として負ける気がした。
こんな小娘とは、社会人として踏んできた場数が格段に違うのだから、馬鹿にしないでもらいたい。
アーデンはわざとらしく口角を上げて、余裕のある笑みをした。
シェイラ嬢は奥歯を噛みしめ、アーデンを睨んだ。
「後から…後から来てルーカスお兄様を横取りしたくせに!ルーカスお兄様のことを一番理解しているのはわたしよ!なぜ、ルーカスお兄様がいままで公爵領地に帰って来れなかったとか、貴女は知らないでしょう!ルーカスお兄様から結婚指輪ももらえないようなあなたに絶対、ルーカスお兄様を渡さないから!!」
シェイラ嬢は怒りが頂点に達したのか、怒号のように大声で叫んだ。
そのまま、くるりとアーデンに背を向け部屋を出たかた思うと、思いっきり激しく執務室の扉を閉めた。
アーデンはしばらく放心し立ち尽くしたままだったが、シェイラ嬢の足音が遠くになると、崩れるように執務机の椅子に座った。
「そうか…そうね。あんな子に言われて今さら気づくなんて…わたし…結婚指輪すらもらえない女だったんだ…」
アーデンはそっと右手でなにもない左手の薬指を何度も何度も撫でる。
そうだよね。指輪で束縛されることもない。わたし自身に関心を向けられることもない。わたしはどうしてこのことを忘れていたのだろう。
ぽたぽたと執務机に涙が落ちた。
一方のシェイラ嬢は気が収まらなかった。
(あの女、顔色も変えずに言い返してくるなんて!なんて女なの!絶対にあの女を痛い目に遭わせてやらなきゃ)
悪事だけはすぐに思いつくのがこのタイプ。
「うふ。わたし、良いこと思いついちゃった!わたしってば、なんて天才~」
ニヤリと笑った。
しばらくするとルーカスとヴァージルは戻ってきて、物産展に出品する商品の状況をアーデンに報告してくれていたが、ルーカスはすぐにシェイラ嬢に呼び出されて、ヴァージルだけが執務室に残りふたりきりとなった。
「出品する品物はどれも良い品物だったでしょう?商会を経営しているヴァージルのお眼鏡にかなう商品はあったかしら?」
アーデンは泣き腫らした目がヴァージルにバレないことを願いながら、微笑んだ。
「さっきから気になっていたんだ。アーデン、目が赤い。しかも瞼が腫れているじゃないか。俺達がいない間になにがあったんだ?」
幼い頃からいっしょに過ごすことが多かったヴァージルはやっぱり目ざとい。アーデンの異変にすぐに気づいていた。
「さすがヴァージルね。あなたの目だけはいつだって誤魔化すことが出来ないみたい」
いつもアーデンのことを気にかけて、心配してくれるヴァージル。
いまも旦那様はなにも気づかずにすぐにシェイラ嬢の元に行ってしまったのに、ヴァージルだけはすぐにアーデンの異変に気づいてくれた。
「当たり前だろう。俺たちは何年のつきあいだと思っているんだ。俺の目を誤魔化すことはできない。アーデン、なにがあったんだ?言ってみろ。俺が聞いてやる」
「ヴァージルはわたしにいつも甘いわね。ありがとう。ヴァージル……」
アーデンは自分のことを気遣ってくれるヴァージルの優しさに触れ、この公爵領地に来てから張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、緩くなっていた涙腺がまた決壊する。
「わたし…ね。指輪すらもらえない女だったみた…い」
「んん?指輪?」
「うん。指輪…」
立ったまま声をあげずに涙だけをぽろぽろと流すアーデンのその姿が痛々しいく、ヴァージルは我慢できなかった。
そっとアーデンの腕を引っ張って引き寄せると、自分の腕の中に閉じ込めた。
「俺の胸を貸してやる。ここで泣け。これだと誰にも見られないだろう」
「ヴァージル、ありが…とう…」
アーデンはヴァージルの胸を借りて泣き崩れた。
そんなアーデンの頭をヴァージルは優しく撫でる。
「なぁ、アーデン。そんなに泣くほど辛いならルーカス殿と離婚して俺と一緒に王都に帰らないか?アーデンがなにを抱えているのかわからないけど、俺を頼れよ。これでも少しはアーデンの力になってやれぐらいは金も人脈もあるんだ」
「……ヴァージル?」
「俺はな、幸せなアーデンを見たい。お前を幸せにしてやりたいと思うよ」
ルーカスはシェイラ嬢に呼び出されて部屋に出向いて行ったものの、薄着で男女の関係を迫られたので一目散で逃げ、執務室に戻ってきた。
執務室の扉を開けようとして、少し開いていた隙間からヴァージルの胸を借りて泣くアーデンの姿が目に飛び込んできた。
ヴァージルにしがみつくように静かに泣くアーデン。
そのアーデンを愛おしそうに見つめ、頭を優しく撫でているヴァージル。
(アーデンに触れていいのは夫の私だけのはずだ。アーデンの涙を拭ってやれるのも私だけのはずだ)
ルーカスの胸の奥から激しい嫉妬がこみあげてくる。
なぜ、アーデンは私の腕の中で泣かないのだ。
「……くっ」
ルーカスのドアノブを握るその手が震える。
そのまま気づかれないようにそっと扉を戻した。