テラーノベル
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1. 稽古場の火花
新宿の地下にある稽古場は、熱気と独特の緊張感に包まれていた。
2.5次元舞台『東京ブレイド』。その制作発表から、現場は常にピリついている。
「……ちま、そこ。もっと刀を引きずるように動いて。君の役は、復讐に魂を売ったはずだろ?」
演出家の鋭い声が飛ぶ。私は「はい」と短く答え、模造刀を握り直した。
視線を感じて顔を上げると、少し離れたところで出番を待つアクアと目が合った。彼の瞳には、役作りなのか本心なのか判別がつかない冷たい光が宿っている。
「……無理するなよ。お前の演技は、時々見ていて危なっかしい」
休憩時間、アクアがアクエリアスを差し出しながら隣に座った。
私はそれを受け取り、わざとぶっきらぼうに返す。
「アクアくんに言われたくない。……あんたこそ、あかねちゃんと『恋人ごっこ』が忙しいんじゃないの?」
「……仕事だよ。お前も知ってるだろ」
アクアの声は低い。彼は私の幼馴染であり、アイの事件の夜、共に絶望を見た「共犯者」だ。私が芸能界に入ったのも、彼が一人で地獄へ行くのを止めるためだった。
2. 女たちの宣戦布告
「あらら、熱心ね。二人で密談?」
背後から声をかけてきたのは、黒川あかねだった。彼女はアクアの隣に滑り込むように座り、私に完璧な――そして底の知れない――笑みを向ける。
「ちまさん、あなたの演技、すごく生々しくて好きよ。……でも、アクアくんをあんまり困らせないであげて? あくあ君は今、自分の殻を破ろうと必死なんだから」
それは、彼女なりの牽制だった。プロの洞察力を持つ彼女は、私とアクアの間に流れる「過去の共有」という特権的な空気を見抜いている。
「ちょっとあかね、言い過ぎよ。この子、これでも結構繊細なんだから」
割って入ってきたのは、有馬かなだった。彼女はあかねを睨みつけながら、私の肩を抱き寄せる。
「いい?ちま。アンタの武器は、その『泥臭さ』よ。あかねみたいな計算高い演技に毒されちゃダメ。アンタはアンタのやり方で、こいつ(アクア)を食ってやりなさいよ」
かなの言葉は乱暴だけど、そこには確かなライバル心と、私への期待が混ざっていた。
アクアを巡る、あかねの執着と、かなの意地。
その中心にいるアクアは、誰を見ることもなく、ただ台本を見つめていた。
稽古は佳境に入り、ついに「感情演技」をぶつけ合うシーンがやってきた。
私の役は、アクア演じる『トウキ』の弟分でありながら、最後には彼を裏切り、その手で殺される悲劇の剣士。
「……どうしてだ! どうしてお前が、俺を裏切るんだ!」
アクアの叫びが稽古場に響き渡る。
それは演技の枠を超えていた。彼の脳裏には、きっとアイの死が、守れなかった過去がフラッシュバックしている。
私は、彼に抱きしめられながら、喉元に刀を突き立てられる。
「……アクア、もう、いいよ」
台本にはない言葉が、私の口から漏れた。
「一人で背負わなくていい。……あんたを一人で地獄に行かせないために、私はここにいるんだから」
その瞬間、アクアの動きが止まった。
彼の瞳にある星が、激しく、不規則に明滅する。
周囲のスタッフや役者たちが息を呑むのがわかった。あかねは驚愕に目を見開き、かなは唇を噛み締めている。
アクアの手が、私の肩を強く掴む。痛いくらいに。
「……勝手なことを言うな。お前まで、俺の呪いに巻き込むわけにいかないんだ」
「もう、巻き込まれてる。……出会ったあの日からずっと」
私たちは、舞台の上で、誰にも立ち入れない二人だけの世界にいた。
演技という「嘘」を隠れ蓑にして、剥き出しの「本音」をぶつけ合う。
それこそが、私たちが選んだ唯一のコミュニケーションだった。
本番初日。
舞台は大成功だった。観客の拍手は鳴り止まず、カーテンコールが何度も繰り返される。
舞台袖に引っ込んだ瞬間、私は膝から崩れ落ちそうになった。
それを支えたのは、やはりアクアだった。
「……ちま。お前の勝ちだ。今日の演技、俺は完全に飲まれたよ」
「……演技じゃないよ。全部、本当のことだもん」
私が息を切らしながら見上げると、アクアはふっと、憑き物が落ちたような穏やかな顔で笑った。それは、あかねにも、かなにも、そしてカメラの前でも決して見せない、私だけが知っている「星野愛久愛海」の顔。
「……ああ、知ってる。だから俺もお前にだけは、嘘がつけない」
アクアは私の頭を乱暴に撫でると、耳元で小さく囁いた。
「東京ブレイドが終わっても……お前は俺の隣にいろ。……これは、命令じゃなくて、俺の『わがまま』だ」
遠くで、あかねとかながこちらを呼ぶ声がする。
復讐の道はまだ続くし、この四角関係に決着がつく日も遠いだろう。
けれど、今この瞬間の熱量だけは、どんな名演技も敵わない「真実」だった。
「……わかった。あんたが飽きるまで、付き合ってあげる」
私たちは再び、光の当たるステージへと歩き出す。
嘘と真実が入り混じる、この残酷で愛おしい芸能界という戦場へ。
コメント
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ほへ〜 「ちま」ってお前?
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#八尋寧々