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さっきから病人相手に、自分は中途半端な態度ばかり取っているな、と心の中で一人吐息を落とした結葉だ。
「――このところ面倒くさがって……三食まともに食べていなかったツケが回ってきたのかな。いい大人が体調管理も出来ないとかホント情けない話なんだけど……今日は明け方からずっと目眩が酷くてね。仕事も休まざるを得なかったんだ」
言い訳をするみたいに一息に言って、偉央が、彼を見詰める結葉からふっと視線をそらせた。
偉央は食事面だけを取り沙汰したけれど、きっと睡眠もちゃんと取れていないんじゃないかと、自分のことをマトモに見ようとしてくれない偉央を見下ろして思った結葉だ。
薄暗くてハッキリとは見えないけれど、曲がりなりにも数年間寝食をともにした男性だ。
彼の、目の下のくまに気付かない結葉ではない。
「少し休まれた方がいいと思います。眠れそうですか?」
聞いたら、偉央が「いや……」と悲しそうな顔で結葉を見上げてくる。
「せっかくキミが来てくれているのに眠るのは勿体無い……」
ややして小さくポツンとこぼされた言葉に、結葉は瞳を見開いた。
「偉央さん……」
確かに偉央が眠ってしまったら、そっとここを出ようと思っていた結葉だ。
「お願い結葉、もう少しだけ……キミの声を聞かせて?」
切な気に見上げられて、結葉はギュッと拳を握りしめる。
本当なら今すぐにでもここを出たい。出ないといけない。
そう思うのに――。
「卵焼きと肉じゃがぐらいなら食べられそう?」
今日タッパーに詰めて持ってきた中ではその辺りがあまり胃腸に負担を与えないかな?と思った結葉だ。
さっき、食事の支度をすると言った事もあるし、何か口にしてもらってから無理にでも寝んでもらおう。
結葉の言葉に頷く偉央を見て、
「用意してくるので横になって待っていてくださいね」
念を押すように偉央に言いながら、そんな風に思った。
***
結葉がキッチンに料理を取りに行くと言ったら、偉央はすごく不安そうな顔をして。
「ちゃんと戻ってくるので」
結葉はまるで小さな子供に言い聞かせるみたいに偉央にそう言わなければいけなかった。
卵焼きと肉じゃがを温めるついでに、フードストッカーからレンジで温めたら食べられるレトルトのご飯を取り出すと、ほかほかに温めた後でふと手を止める。
(お粥にしよう)
弱っていそうな偉央にはその方がいい気がして。
小さな片手鍋を取り出すと、温めたばかりのご飯をそれに入れてウォーターサーバーから水を入れた。
***
「偉央さん、起きていらっしゃいますか?」
トレイに湯気のくゆるお粥と卵焼き、それから肉じゃがを載せて寝室に戻ると、偉央は結葉の予想に反して薄暗がりの中、身体を起こしていて。
「寝ていてくださいって言ったのに」
ベッド横のサイドテーブルにトレイを載せて食事がしやすいようにカーテンを開けると、部屋の中が明るくなった。
「ごめん……」
素直に謝る偉央を見て、結葉はそれ以上言い募ることが出来なかった。
***
さっきトレイを載せたサイドテーブルは、下がコロになっていて、そのまま高さを調整して向きを変えたら、ベッドに座ったまま食事が出来るようになる仕様だ。
結葉は偉央から酷く責め立てられて起き上がれなくなった時なんかに、このテーブルでよく食事を摂っていた。
結葉がダウンした時、偉央は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたから。
でも元を正せばその原因を作ったのは偉央だったので、罪滅ぼしの気持ちが強かったのかも知れない。
動くのが辛かった時にはとても便利だったけれど、風邪など以外でこれを使った回数の方が圧倒的に多かったことを思うと、結葉はどうしても複雑な気持ちになってしまう。
なるべくそのことは考えないようにして、偉央の前にテーブルを設置すると、偉央の背後にある枕をムギュッと押し潰して厚みを調整して彼がすがれるようにした。
これも、偉央が結葉のためによくやっていてくれたのをなぞったに過ぎない。
「辛くないですか?」
結葉の一挙手一投足から目を離したくないみたいにじっと自分の動きを目で追ってくる偉央に、何だか居心地の悪い結葉だ。
それを払い除けるみたいに問いかけたら、「大丈夫だよ、有難う」と穏やかに微笑み掛けられて。
今日の偉央は付き合っていた頃を彷彿とさせられる柔らかな表情をよく向けてくる。
そのたびに、結葉は胸の奥がざわついてしまう。
ともすると偉央のその雰囲気にほだされてしまいそうな気持ちになるけれど、結葉はその柔和さの奥に秘められた、偉央の激情を知っているから。
だからギュッと拳を握り締めると気持ちを切り替えた。
「あの、熱いので気を付けて食べてくださいね」
そこまで言って、お茶を忘れていたことに気が付いた結葉は、「お茶、用意してきますね」と踵を返す。
「結葉っ、待って」
途端、不安そうに偉央が呼び止めてきて、出し掛けた足を引き止められてしまう。
「大丈夫です。お茶を淹れてくるだけです」
捨て犬みたいな目でじっと見つめてくる偉央に、自分がこの家を逃げ出した後、偉央がどれだけ寂しい思いをしたかを垣間見た気がして、胸の奥がズキッと痛んだ結葉だ。
「私も偉央さんのそばで一緒にお茶、飲みますから」
――それなら不安じゃないですよね?と言外に含ませたら、偉央が小さく頷いた。
いまの偉央には、何だか放っておけないオーラがある。
だけど、彼が自分にしたことを思い出すと、結葉はそれでもやっぱりこのままずっとここに居ることは出来ないと思って。
でも、だったらせめて――。
偉央がご飯を食べて眠りにつくまでの束の間の時間だけは……出来る限りのことをしてあげようと……そんなことを考えてしまった。
自分はつくづく色んなことに流されやすい性格だと……結葉は心の中で小さく嘆息する。
そうして、そんな自分の優柔不断さがが想に物凄く心配を掛けてしまうことになるだなんて、その時の結葉は思いもしなかったのだ。